楽天の条件提示が妥当だったかどうかは結論を急がないとしても、チームに復帰した際には、より好条件のメジャー球団からのオファーを断ったほどの良好だったチームとの関係には、明らかに溝ができたのは間違いない。
30代後半のプロ野球選手は、セカンドキャリアを意識する年代にも差し掛かる。
所属チームの戦力バランスなども考慮し、「まだプレーできる」という“外野”の声があってもユニホームを脱ぐ選手もいる。献身的な姿勢に対して、球団もポストを用意し、指導者としての道を歩むことになる。
好例を挙げれば、巨人時代の井端弘和氏は、2000安打に残り88本と迫りながら、高橋由伸氏が現役を引退して新監督に就任するタイミングで自らもユニホームを脱いでコーチとして支える役回りを選んだ。その後、アマチュア球界や日本代表の指導者を経て、現在は代表監督として侍ジャパンを2026年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)まで率いることが決まっている。
一方、生涯現役にこだわり、チームを渡り歩く選手もいる。古い話になるが、野村克也氏は南海ホークスを退団した後、「生涯一捕手」と現役にこだわってロッテ、西武と渡り歩き、45歳までプレーした。3度の三冠王に輝いた落合博満氏も選手としてユニホームを脱いだのは45歳だった。
田中投手が楽天に残れば、近い将来に球団幹部のキャリアという選択肢の可能性が高くなっていただろうが、現時点では、自らの現役生活をどう全うするかということへのこだわりが強かったという決断になったのだろう。
一般企業などのビジネスの世界においても、現場から管理職へとシフトしてマネジメントの道を歩むか、専門畑のスペシャリストの道を選ぶかで、その後のキャリアは大きく変わる。現役時代のキャリアは指導者としての有利な条件になるが、必ずしも、全ての選手が監督やコーチを目指すわけではない。田中投手の場合には、メジャー時代の年俸も高額で、金銭的な条件が決断を左右しにくい状況にもある。
もちろん、現役にこだわった選手も、野村氏や落合氏を例に出すまでもなく、その後に監督として名将と呼ばれるまでに実績を積み上げた例はある。昨季、阪神を日本一に導いた岡田彰布氏も現役の最後は、生え抜きの阪神を退団してオリックスへ移籍したが、後に阪神で2度にわたって監督を務めた。
「88世代」を牽引してきた田中投手が直面する事態は、この世代がこれから経験していく先例になりうることでもある。退団の是非をめぐって、一部のファンは田中選手に対して批判的にとらえる向きがあるが、実績を残してきた田中投手の決断は尊重されるべきだろう。
決断の先にどんな未来があるか。管理職ポストを意識する世代のビジネスパーソンにとっても、道標にもなるのではないだろうか。