詳細は正式には発表されてないものの、インドと中国が、陸上国境における国境パトロールについて合意し、2020年の衝突以来続いてきた緊張を解くことになったようだ。モディ首相と習近平主席の首脳会談についても、正式に行われた。
22年の主要20カ国・地域(G20)時と、23年のロシア、中国、インドなど有力新興国でつくる「BRICS」首脳会談時に、立ち話のようなことはあったが、それらを除けば、正式な首脳会談は19年を最後に行われていない。20年の印中国境における衝突で、インド側だけで死者20人、負傷者76人(中国側の死者は、異常なほど少ない中国政府の発表はあるが、実態は不明)出して以降、モディ首相は、習氏との正式な首脳会談を避けてきたのである。
だから、今回の国境問題における両国の合意が、一定の重要性を持ったものであることは、疑う余地がない。そこで、今回の合意が、どのような意味を持っているのか分析する。
まず、今回の合意の経緯をみると、インドの要求に中国が応じたものであることがわかる。そもそも、20年に起きた侵入事件は、中国側がインド側に大規模に侵入を仕掛けたものであった。中国側は、5カ所に大規模に侵入し、前述の衝突を含め、複数の衝突を起こしながら、居座ってきた。中国側は、この侵入を支援するために、ハイテク兵器を有する大規模な部隊を展開し、緊張を高めてきた。
これに対し、インド側も大規模に軍事力を展開するとともに、交渉を通じて中国軍の撤退を求めてきた。交渉は一定の成果を上げ、22年までに3カ所から、中国側は撤退した。しかし、その後、中国は、「平常に戻った」と主張し、インド側の撤退要求に応じなくなったのである。
インド側は中国への圧力を高めるため、日米豪印4カ国の枠組み「QUAD(クアッド)」各国を呼び込む作戦に出た。22年に印中国境から100キロメートル(?)以内の地域で、米印共同演習を行った。
23年には、中国全土を爆撃できるカライクンダ基地に米空軍のB1爆撃機や日本のオブザーバーを招いて共同演習を実施した(「印中国境の米印軍共同演習に日本が参加する意義」参照)。そして24年には、QUAD各国すべてが参加する「タラン・シャクティ」空軍演習を行った(「【航空自衛隊F-2戦闘機がインド共同演習参加へ】初の展開へインドの戦略的変化、日本としての意義とは」参照)。これまで、インドは、QUADの共同演習を海洋だけに限定し、印中国境に近づけなかったから、これらは大きな変化で、中国側に対する圧力強化として、とらえられるものだった。
このような経緯を見ると、中国が侵入事件を起こし、インドが中国軍の撤退を求めて、交渉を行ってきたが、中国側がなかなか応じないできた経緯がわかる。今回、両国の合意が成立したということは、中国に何らかの変化があり、インドの要求に応じたことを意味している。
では、これまで要求に応じてこなかった中国が、なぜ今、要求に応じたのだろうか。考えられる変化は2つだ。11月に行われる米大統領選挙の影響と、27年ともいわれる中国の台湾侵攻との関連性である。
米大統領選挙は、中国にとって最重要の関心事項だ。バイデン政権とトランプ政権での対中戦略は、大まかな方向性では同じだ。両政権とも中国に厳しい姿勢で臨んでいる。
それでも、中国は、トランプ政権を、より恐れているようだ。それは、トランプ政権がロシアのウクライナ侵略を終わらせて、対中戦略に集中するよう主張していること、トランプ政権を支える共和党陣営の方が安全保障の専門家が充実していること、そして、トランプ政権の方が予測しがたいことが理由と思われる。