8月7日付のEconomist誌は、バングラデシュが国内政治の混乱を乗り切ろうとする中で、大国間の対立的思惑はその民主主義回復への道を困難にしないだろうか、という観点からの論考を掲載している。要旨は次の通り。
バングラデシュでは、ノーベル賞受賞者で経済学者のムハマド・ユヌス氏が、軍が支援する暫定政府の長に任命された。過去28年の内の20年間首相の座にあったシェイク・ハシナ女史は、数週間にわたる学生の抗議運動の最中に辞任し、国外に難を逃れた。
長年続いた独裁政治は、一夜にして、民主的再生への希望に取って代わられたように見える。しかし、憲法秩序の回復は容易ではない。
ユヌス氏の就任後の第一の仕事は、政治が再開できるよう国を平和に保つことだ。抗議活動は既にハシナ前首相の権威主義と縁故主義に対する長年の鬱積した不満を爆発させている。
ユヌス氏の次の優先課題は、バングラデシュの政治を刷新することだ。それには、性急に新たな選挙を実施するだけでは不十分で、裁判所やその他の民主的機関を修復する必要がある。大学への政党の影響力を抑制する必要もある。そして、新たな政治勢力に組織を強化する時間と空間を与える必要がある。
ユヌス氏にとって3つ目の大きな課題は、複雑な地政学的状況を切り抜けることだ。バングラデシュ最大の隣国であるインドは、最大の潜在的緊張源となっている。インドはアワミ連盟(AL)と歴史的に密接な関係があり、バングラデシュを同地域におけるイスラム主義に対抗する世俗的な防壁と見ている。過去10年間、南アジアにおける中国の影響力拡大を警戒したインドは、ハシナ政権と貿易、エネルギー、軍事関係を拡大してきた。
バングラデシュの暫定政府とその後継者は、ハシナ政権とは異なり、中国に財政支援やその他の支援を求めるかもしれない。ハシナ前首相は、中国への過度の依存を嫌って、インドやその他のパートナー国との関係強化に注意を払っていた。
バングラデシュの危機は、米国や他の西側諸国政府にとっても厄介な問題だ。これら諸国は長い間、同国の不安定さとイスラム主義に対するインドの懸念を共有してきた。
西側諸国はハシナ首相の独裁的統治に対する批判を強めてきたが、西側諸国政府はハシナ政権にあまり重い制裁を科すことを避けた。途上諸国における中国の影響力の拡大への懸念が原因だった。
中国は、バングラデシュとの経済・軍事関係、およびバングラデシュ民族主義党(BNP)や一般大衆のインドに対する反感を利用しようとするだろう。中国は、バングラデシュへの投資増を約束するかもしれない。二国間貿易(主に中国からの輸出)を更に拡大しようと誘い、バングラデシュからの輸入増を約束するかもしれない。
短期的には、バングラデシュに関与するすべての国にとっての大きな関心事は、その安定である。さらに先を見据えると、そうした諸国の最大の希望は、地政学的なライバル関係にある国々が共存する方法を見つけることだろう。しかし、大国間の競争が激化する中で、バングラデシュの政治を再起動させる暫定政府の取り組みは、一層困難になるだろう。
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バングラデシュは1991年の軍政終了後、2大政党が交互に政権に就く一見すると健全な民主主義国として発展してきたようだった。その2大政党の対峙は、今日まで2人の女傑政治家の30年以上に及ぶ確執の中で続いてきた。
一方のシェイク・ハシナ女史は、この国を独立に導いたムジブル・ラーマンの長女であり、父親がクーデターで殺害された折に国外に居て難を逃れ、帰国後にアワミ連盟(AL)の党首として、今年までその党を率いてきた(76歳)。もう一方のカレダ・ジアは、軍人で軍政下にあって大統領にもなって暗殺されたジアウル・ラーマンの未亡人であり、バングラデシュ民族主義党(BNP)の党首として今日に至る(79歳)。