イスラム組織ハマスのハニヤ最高指導者が8月31日、イランの首都テヘランで暗殺された。ハマスはイスラエルの作戦と非難、イランの最高指導者ハメネイ師はイスラエルへの報復を命じ、緊張が中東全域に高まった。
イスラエルの対外特務機関モサドの暗躍が取り沙汰されている。背景には米国を紛争に引きずり込みたいイスラエルのネタニヤフ首相の思惑がありそうだ。
ハニヤ氏は暗殺された前日にテヘランで行われたイランのペゼシュキアン新大統領の就任式出席のため同国を訪問中だった。滞在していたのはテヘラン北部にある6階建ての迎賓施設。イラン革命防衛隊に近いネットメディアが投稿したとされる写真では、同氏が宿泊していた部屋周辺が正確に攻撃を受けた状況が映っている。
ハマスは「ミサイルが同氏の部屋を直撃した」としている。建物の他の部分には損害が見られず、精密誘導弾が使用されたもよう。イスラエルの作戦だとしても、本国からの長距離ミサイルなのか、イラン国内から発進したドローンが発射したものかは不明だ。
イスラエルは4月、中部イスファハンの軍事基地に3発のミサイル攻撃を加え、またイラン国内からのドローンも攻撃に参加しており、いずれの攻撃の可能性もある。ただし、今回はハニヤ氏の滞在先が迎賓施設の何階のどの部屋か、攻撃を受けた午前2時頃に確実に部屋にいるのかなどを現場で確認することが不可欠だった。
こうしたことから世界最強のスパイ機関と称されるモサドの工作員が暗躍、指示したとみられている。大統領就任式にはハニヤ氏をはじめ、レバノンのシーア派組織ヒズボラやイエメンの反政府組織フーシ派などイラン支援の反米、反イスラエルの「抵抗枢軸」のメンバーも出席していたが、その行動は極秘事項。モサド諜報網がイラン内部深くに浸透していることが浮き彫りになった。
イラン国内では数々の暗殺事件が起きており、モサドによる作戦とみられている。2010年から同12年まで、イランの核科学者ら3人が車爆弾などで殺害され、20年11月には白昼、「核開発の父」と呼ばれたファクリザデ氏がテヘラン市内で、リモート操作の自動小銃で射殺された。このほか、22年には科学者2人が毒殺され、革命防衛隊の大佐も銃撃で殺された。
暗殺だけではなく、破壊工作も頻繁に起きている。核開発の中枢である中部ナタンズの核施設が爆破され、軍需工場や発電所などに対する放火事件も相次いだ。
18年には、モサドがテヘランの秘密倉庫に侵入、イランの核開発文書を入手した。これについてはネタニヤフ首相自身が自慢げに発表している。
今回の暗殺で一番衝撃を受けているのがイランだ。何よりも新大統領の就任式に招待した外国人の要人を自国内で殺されたからだ。
イラン国内に外国工作員を野放しにし、防空網や治安態勢に大きな穴があることを内外に露呈してしまった。しかもハニヤ氏は事件の前日にハメネイ師と親しく面談していたこともあり、同師は完全にメンツを失った。
同師は事件後、緊急の最高国家安全保障会議を開催。これにはペゼシュキアン大統領も出席した。
ニューヨーク・タイムズによると、ハメネイ師はこの席で「イスラエルに直接報復するよう」軍や革命防衛隊に命じたという。同時に、イスラエルとの間で戦争状態になった場合に備えて、国防態勢を整備するよう指示した。
イラン側の報復がどのような形になるのかはまだ不明だが、ハメネイ師が報復を命じたことはこれまでに2回ある。1回目は20年、革命防衛隊の対外作戦担当のコッズ部隊司令官ソレイマニ将軍が米軍のドローンで暗殺された事件だ。革命防衛隊は命令に従い、イラクの米軍基地に弾道ミサイルを発射、米兵約100人が負傷した。