〈バンスとは一体何者か?〉21世紀のアメリカンドリームの体現者、作家であり法律家の副大統領候補の人物像

2024.07.25 Wedge ONLINE

 7月13日にトランプ前大統領への暗殺未遂事件が発生、世界を震撼させた。そして負傷したトランプ氏を統一候補に指名した共和党大会が終了すると、一方の民主党ではバイデン大統領が選挙戦からの撤退を表明した。まさに週替りで大きく事態が動いているわけで、建国以来の大統領選の歴史の中でも珍しい状況だ。

共和党の副大統領候補へ指名されたJDバンス( Bill Pugliano /gettyimages)

 そんな中で、共和党のトランプ氏は、副大統領候補にJDバンス上院議員を指名した。この動きは、これからの選挙戦、いや今後のアメリカ政界にとっても意味するところは大きい。今回は、ベールに包まれたその人物像に迫ってみたい。

壮絶な生い立ちから華やかな成功へ

 まず、バンス氏の生い立ちが壮絶である。出身はオハイオ州のシンシナチ郊外にあるミドルタウン。70年代までは鉄鋼業で繁栄し、その後は産業とともに街も衰退した文字通りの「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」の出身である。

 産業が衰退したコミュニティでは、人心は荒廃して麻薬が蔓延する中、両親はバンス氏が幼児の際に離婚。その後、母親は結婚と離婚を繰り返す中で麻薬に溺れ、家庭内では虐待が絶えなかったという。

 そんなバンス氏を支えたのは祖母であり、人生の基本は祖母に教わったという。ちなみに、バンスとはその祖母の名字であり、バンス氏は2014年に結婚して家庭を持つタイミングで、この名字に改姓している。

 やがて高校卒業後、経済的な事情から従軍を選択。海兵隊での任務を4年勤め上げて奨学金を獲得。オハイオ州立大学からイエール大学の法科大学院へ進み、法学博士号を取得した。その後は、著名なテック投資家のピーター・ティール氏らペイパル人脈に見出される中で、シリコンバレーのベンチャー・キャピタルの経営に参画するなど、絵に描いたような華やかな経歴である。

 16年にはベストセラーとなった『ヒルベリー・エレジー』(光文社)を出版。自分の壮絶な生い立ちを淡々と綴った半生記であるが、これがNYタイムスなどから「トランプ現象を説明する貴重な文献」という評価を得た。つまり、バンス氏の育った環境のような「忘れられた白人層」の思いがトランプ当選の背後にはあるというストーリーである。

保守運動の中核イメージへ

 バンス氏はこの時期は民主党支持であっただけでなく、トランプ現象を批判する立場であった。だが、本が余りにも評判となる中で、バンス氏には待望論が押し寄せた。つまり、「トランプ現象に連なる保守の立場」から「置き去りにされた白人貧困層」や「製造業衰退に苦しむ中西部」を代表して政界入りして欲しいという動きだ。

 そこでバンス氏は、リベラリズムでは問題は解決できないという考え方へと立場を転換していった。そのバンス氏に目をつけたのは、トランプ氏の長男、ドン・ジュニア氏と、次男のエリック氏であるようだ。二人が仲介する格好で、バンス氏はフロリダのトランプ邸を訪ね、「過去に批判者であったこと」を文字通り謝罪したのだという。

 そして、22年の中間選挙では故郷であるオハイオ州における厳しい予備選と本選を勝ち抜いて、連邦上院議員のポジションを射止めた。23年1月の就任時にはまだ38歳という若さであった。

 そして中央政界入りからわずか1年半で、共和党の副大統領候補に指名されるまでに至ったのである。今回の指名には、前述したトランプ氏の2人の息子だけでなく、イーロン・マスク氏の強い推薦もあったようだ。

 バンス氏を紹介する上で、この「21世紀のアメリカンドリーム」というのは、圧倒的な説得力を持っている。衰退した「ラストベルト」の貧困で破綻した家庭から、海兵隊での従軍、イエール法科大学院、そしてテックのベンチャー・キャピタル経営、さらにベストセラー作家を経て連邦上院議員。これは党派は異なるが、ビル・クリントンとバラク・オバマの物語を足したようなインパクトがある。