〈バンスとは一体何者か?〉21世紀のアメリカンドリームの体現者、作家であり法律家の副大統領候補の人物像

2024.07.25 Wedge ONLINE

 具体的には「NFZというと格好良いイメージがありますが、実際にはロシアとNATOの戦闘を惹起しかねないし、それは自動的に米国の参戦を意味します。しかし、私はこの問題は米国の核心的な国益ではないと思うのです」などと、理路整然と述べている。

 とにかく海兵隊における軍務の経験に基づいて、しかも極めて優秀な頭脳を駆使して、トランプ氏の主張する「NATOなど同盟国へのコミットを見直す」という政策にどんどん理論的な筋を通していっている。彼の頭脳が例えば日米安保見直し論などに向けて論理展開を開始したらと思うと、恐ろしいものがある。

 恐ろしいといえば、バンス氏は演説巧者でもある。演説していて聴衆が熱狂し、「JD、JD……」だとか、あるいは「USA、USA……」などとコールを始め、それが止まらないことがある。そうした場合に、多くの政治家は困惑したり照れたりする。オバマも、バイデンも、そしてトランプもそうだ。

 だが、バンス氏の場合は、自分も壇上からコールに唱和してしまうのだ。とにかく、聴衆の盛り上がりを遮るのではなく、そこに自分を乗せてしまうというのは、並大抵の政治家のできる技ではない。

 冷徹に自分の立ち位置を見据えて、野心のために何をすべきかを知っているだけでなく、恐らく自分こそ忘れられた庶民を代表しているのだ、という自己暗示もかけているのであろう。恐ろしいというのはそうした意味だ。

 しかも、何と言ってもバンス氏は若い。1984年8月生まれの39歳である。妙な例えだが、小泉進次郎氏よりも、石丸伸二氏よりも若いのだ。

 2000年以降に成人した紛れもないミレニアル世代でもある。カマラ・ハリス氏が民主党の若返りを実現したと言われているが、そのハリス氏より20歳も若いのであり、これはトランプ氏の高齢を補完して余りある。

 バンス氏の家族もユニークだ。妻はイエールの同窓生で弁護士として著名なユーシャ・チルクリ氏、サンディエゴ生まれのインド系2世である。彼女も夫を副大統領候補に指名した共和党大会の演壇に立ったが、インド系をルーツについて胸を張り、バンス氏との結婚式はキリスト教とヒンドゥー教の双方で行い、夫をベジタリアンにしたと披露している。

 共和党内では一部の保守派が、これではバンス氏は移民に寛容というイメージが出ると批判しているが、その声は小さい。反対に、多様性の論議では民主党の攻撃を許さないだけの「新しさ」も持っているという見方も可能だ。

 ところで、バンス氏を引っ張り出したトランプ氏の2人の息子たちは、早くもバンス氏を28年の大統領候補に想定しているという噂がある。彼ら自身は大統領の器ではないという自覚はあるようで、その代わりにキングメーカーになろうというのが、そのストーリーだ。荒唐無稽なようだが、このストーリーは猛烈な勢いで走り出している。

民主主義としての「対立」に注目

 いずれにしても、この一週間で選挙戦の構図は全く様変わりした。バイデン氏が撤退した民主党内では、ハリス副大統領が急速に支持をまとめている。依然として左派からは全面的な支持は得られていない中で、民主党の全国大会が3週間後に迫っている。この間に党内の融和を実現し、有力な副大統領候補を指名することで、相当な戦闘態勢を確保しなくてはならない。

 副大統領候補同士のTV討論ということでは、演説巧者のハリス氏とバンス氏の対決が見られなくなったのは残念とも言える。その代わりといえば何だが、民主党としては、他でもないバンス氏に対抗できる人物を副大統領候補に選ぶ必要がある。それ以前の問題として、トランプ氏個人の「気分と思いつき」に頼っていたトランプ主義を、作家であり法律家でもある俊才のバンス氏が徹底的に研ぎ澄ましてくるのは間違いない。

 元鬼検事として人権の守護神を自負するハリス氏は、これに対して真正面に対決を挑むこととなろう。そうなると、分断の中の大統領選は依然として激しい対立エネルギーを抱えながら、言葉と論理による接近戦へと転じてゆくかもしれない。

 それは激しい戦いになるかもしれないが、米国の民主主義に取っては前進となるであろう。そのような動きを仕掛けてゆく中で、バンス氏は既に米国政界にとって大きな存在となりつつある。