私が新卒で入社したコンサルティング会社も、成果主義人事制度を採用している組織でした。
例えば、1000万円のコンサルティング受注をしたとすると、営業に関わったスタッフに4割の400万円、実際にコンサルティングをするスタッフに6割の600万円が「付加価値」として分配されます。
営業メンバーが2人いた場合には、この400万円を分配します。「あなたはメインで営業したから400万円のうちの300万円ね、「あなたはサブの営業だったから100万円ね」と話し合い、1案件ごとの分配額が決まります。
1年間で全案件の分配額を合計すると、そのコンサルタントが会社の売上にいくら貢献したのかがわかる、という仕組みでした。この年間の付加価値額に特定の%をかけると年収が決まるという、極めてシンプルな成果主義人事です。
そういう成果主義の会社で、上司がどういう動機付けを部下にするかというと、「稼げるよ」の一択です。
・この仕事を頑張れば稼げるよ
・この仕事を覚えれば稼げるようになるよ
・お前も1000万プレイヤーになれるよ
・この仕事、付加価値が上がるからやらない?
これらはすべて、利己目標です。
私たちは、成果主義の中で、利己的な動機付けしかできない状態になってしまうのです。成果があがっているうちはいいのですが、あがらなくなると、先の例と同じように、あっさりと退職していきます。
カネの切れ目が縁の切れ目というわけです。
離職の問題だけでなく、社内の協力関係もいびつなものになります。
本当は上司と一緒に訪問したほうが契約確率も単価も上がるのに、自分1人で訪問して受注すれば、分配される付加価値は多くなる、という場合、多くの人が協力し合うより自分1人で訪問する方を選んでいました。
組織が共通の目標を目指すチームになっていないことが、協力関係を生まない要因になっていました。
そして、利己的な目標だけでつながった組織は、ひどく脆いものです。
ですが、世の中の多くの組織が、利己的な目標しかない人たちの集まりになっています。
私のクライアントには飲食店が多いのですが、アルバイトの面接の段階では「人と接する仕事が好き」なんていっていたスタッフも、目標の設定がうまくいっていない組織にいると、だんだんと利己目標だけになっていきます。自分の労働時間をお店に与えることで時給をもらう、ただそれだけの利己目標しかなくなっていくのです。
そうして、お店の売上を上げたいとか、お客様にもっと喜ばれたいとか、そういった利他目標がどんどん薄れていき、やがて、できるだけ楽でカンタンな仕事を好むようになります。そうなってしまっては、シフトの調整さえ、みんなが利己的に自分の都合を優先するので、なかなか決まらなくなります。
利己的なお店では、お店を運営するだけの最低限の協力体制すら奪ってしまうのです。
目標を掲げ方の失敗によってチームが弱体化している組織が少なくないなか、目標の提示の仕方がうまく、チームを活性化させている企業があります。
星野リゾートという企業です。星野リゾートの目標の掲げ方は見事です。利己目標にならない、共感できる目標を描くのが非常にうまいのです。
コロナ前の星野リゾートは「日本の観光業をヤバくする」というビジョンを掲げ、そのために、スタッフは「リゾートの達人」になろうと呼びかけました。
日本の観光業は、素晴らしいポテンシャルがありながら、まだまだ活かしきれていない国だと言われています。
歴史があり、自然があり、独特の文化があり、世界に誇る食があって、インフラも整い、治安も信じられないほど良いという観光には持ってこいの日本は、まだまだ伸ばす余地がある。だから私たちは、リゾートの達人となって、観光業をヤバくするのだと。
ホテル業というのは、重労働です。客室係が行うベッドメイキング、フロントスタッフが行うチェックイン・チェックアウト業務、調理スタッフや接客スタッフなど、毎日同じことを繰り返すルーティン業務です。
このルーティン業務をただの作業にするのか、それとも目標に向かう大事なアクションだと捉えるのかでは、働き甲斐に雲泥の差を生みます。
それだけではありません。
ホテルは通常、フロント、客室係、調理スタッフ、接客スタッフなど、ポジションごとに役割が分けられ、それぞれがそれぞれの仕事をします。
その結果、レストランスタッフは早朝の朝食を作ったあと、長時間の休憩があり、夕食の仕事をしなければならず、どうしても拘束時間が長くなってしまいます。
フロントは早朝がピークタイムでその後長い休憩を挟んで夕方のチェックイン業務に対応します。
客室係は顧客がチェックアウトしたあとのベッドメイキングのために日中働きます。
これはほんの一例ですが、レストランスタッフとフロント係と客室係は、ピークタイムがすべてズレており、アイドルタイムも異なるため、それぞれのポジションで暇な時間が生まれてしまい、ムダが多く、生産性が低いのです。
かつ、部門ごとに役割が違うので、部門同士の関係性も悪くなりがちです。
ホテルというのは、この部門の割り振りによって「共通の目標」もなければ、「関係性」も悪いという状態になりがちな業種なのです。
しかし、星野リゾートでは、すべてのスタッフがあらゆる仕事をします。
・朝フロントで受付を済ませ、その後ベッドメイキングをする
・昼にアトラクションのガイドをしていたスタッフが、夜調理スタッフになる
といった具合に、星野リゾートのスタッフは、業界では大変珍しい「多能工化」の仕組みを導入しています。
この多能工化は、ホテル業界では極めて嫌がられる取り組みです。
調理スタッフは調理がしたいのであり、ベッドメイキングなどしたくない人が大半です。
客室係は人のいない部屋の片づけをしたいのであり、フロントに出て愛想よく接客することに苦手意識があったりします。
自分の部署の仕事しかしたくない。そういう意識を持った人たちが集まるホテル業界において、その部門の壁を乗り越えて、すべてのスタッフがあらゆる仕事をこなす「多能工」の仕組みを星野リゾートは取り入れています。
それを可能にしているのが「共通の目標」です。
リゾートの達人になるには、私たちはどう働くべきか。
それを問うことで、共通の目標に向かう星野リゾートのスタッフたちは、業界の非常識にチャレンジしているわけです。
目標に燃える星野リゾートのスタッフは、「魅力会議」というミーティングを定期的に行っています。ホテルに訪れる顧客に地域の観光を楽しんでもらうために、その地域の魅力をどう体験してもらうかのアイデアを参加者1人ひとりが提案し、実際に企画に落とし込んで顧客に提供する仕組みです。
これらの取り組みによって、星野リゾートは、多能工化で労働環境を改善しながら、魅力会議を含めた様々な改善で顧客満足度を高め、リピート率が上がり、口コミが増え、業績を向上させています。
この例を参考に、あなたもチームで掲げる目標について改めて考え、利己目標になっていないか、まずはチェックしてみるのはいかがでしょうか。