認識のギャップを埋めることで、部下の退職を引き留めることができることもありますが、それでも、部下の決意が固まってしまってからでは、決定をひっくり返すのはとても難しいことです。
部下からすれば、たとえ事実であったとしても、退職すると伝えた途端「うちでも給料はあがるよ」「転職先の会社でも、人間関係の問題があると思うよ」と言われたら、上司や会社に都合の良いように誘導されていると感じられることも少なくありません。
そもそも上司にとっては突然の退職願でも、部下は何か月も前から考えている場合が多いはずです。本当に部下を辞めさせたくないのであれば、日ごろからこの認識のギャップを埋める努力をしていくことが重要です。
ここで強く意識してほしいのが、「会話の未来比率」を上げることです。
多くの職場では、会話のほとんどが「現在」のことに終始しています。今日は何をやった、今月の売上はいくらだ、など目の前の状況ばかりが話題に上がります。未来といっても、せいぜい来月くらいまででしょう。
あえて意識して語らないことには、1年後、3年後、10年後など未来の話をする機会は一向にやって来ません。皆さんは、部下と未来の話をする時間を持てていますか?
人は、将来のこと、未来の見通しが持てないと不安を感じはじめます。先が見えないからこそ、「このままでいいのかな?」と未来に対して漠然とした不安を抱き、現状が良いのか悪いのかさえ分からなくなります。
意識的に会話の未来比率を上げていくことで、会社やチームが今どこに向かっているのか、部下自身の数年後はどうなっているのか、部下が自分の将来をイメージする機会が生まれます。
先のことがイメージできていると、今やっている仕事の意味や意義を見失わず、認識のギャップをも防ぐことができます。
さらに、その延長でぜひ取り入れてほしいのが「ライフプラン」の作成です。部下自身の過去、現在、未来の人生について深く考える時間を作ってあげてほしいのです。
・どんなことに幸せ/不幸せを感じるのか
・10年後、20年後どうなっていたいのか
・仕事以外の人生設計はどう考えているのか
など、定期的に部下の人生設計や、やりがいを話し合う面談の場を作っていきましょう。
目の前の仕事に忙殺されていると、生き方ややりがい、価値観といった個人的な話や抽象的な話は、後回しにされがちです。しかし後回しにすればするほど、違和感やモヤモヤが募り、ある日突然爆発するリスクを高めます。
認識のギャップが埋められないほど大きくなり、部下が決意してしまってからでは遅いのです。
退職面談の話に戻りますが、どうしても残ってほしい部下でも、引き留められるとは限りません。
認識のギャップを埋めたうえでも、それでも退職したいと言われてしまった。
そもそも認識のギャップはなく、今の職場にも不満はないが、自分の人生のために別のステージに行きたいと言われてしまった。
そんな場合には、もう引き留めることはできないと覚悟を決め、辞める部下から客観的なフィードバックを得る機会だと考え方を変えて臨みましょう。
部下の不満が認識のギャップであったとしても、ネガティブな要因を部下に抱かせてしまっていたのであればそれを真摯に受け止め、今後に向けた改善を目指します。
時には、自分が良かれと思ってやっていたことや、自分が信じてやっていたことが部下を傷つけていたり、一方的な押し付けになっていたりしたことを知り、落ち込むこともあります。
辞めることを決めている部下からの忌憚のない意見や批判は、耳が痛いことも多く、退職面談を終えたころにはぐったりしてしまったような経験は私も何度もあります。特に信頼していた部下が退職を決めたときには、とてもショックを受けたものです。
心が引き裂かれるような思いをすることもあると思いますが、そんなときは、それが「学び」だと心得ましょう。
このきつい体験も全て、学びになります。
上司の道は、平坦ではありません。
もっとこうすればよかった、ああすればよかった、その後悔は、必ず未来に生きるはずです。
その部下にとっては、部下の未来を考えればこれで良かったのだと切り替え、部下の退職という経験から学び、次につなげていく。
そこで得る感情や学びも、上司という役割の醍醐味なのです。