仕事などのやり取りで結構厄介なのが、こちらが何かを頼んだ時に「ああ、やっときます」と返事したのにやらない人です。「今はできないよ」と言ってくれればいいのですが、「やる」と言っておいてやらない。
そういう相手が、上司だったり、部下だったり、同僚だったり。場合によっては発注先だったりもしますが、とにかく運が悪ければ、こういう人にあたって振り回されることになります。
こういう人を確実に動かす方法として、よく「指示や依頼の内容を具体化する」「期限を区切る」といった方法がすすめられます。実際、皆さんもやっているでしょうし、ある程度の効果もあるでしょう。
ただ、こうした方法はこちらの立場が相手より上でないとちょっと使いにくいですし、そもそもこういう人は指示を具体化したところで平然とやらないところに厄介さがあるのです。
そこで今回は、ギリシャ・ローマ式弁論術から、こうした相手を動かす方法をご紹介しましょう。ちょっと方法としてはドギツイかもしれませんが、「やる」といってやらない人間を確実に動かしたいのなら、このくらいのことは最低限やる必要があります。
そもそも、こういう「やる」といったくせにやらない人というのは、なにを思っているのでしょうか?
端的に言えば、「やろうがやるまいが、自分には影響がない」と思っているからやらないのです。ならば、こういう人を動かすには「影響がある」と思わせることが大事でしょう。それも、心の底から思わせなければなりません。
それには理屈で理解させようとしてもダメ。この手の人は、理屈で解消されたりはしません。もっと直接的に心を揺さぶらなければならないのです。
そのためにはどうすればいいのか?
ここでちょっと復習。第八回で、キケローが示した人を言葉で動かすための二つの道筋をご紹介しました。それが次の二つ。
1、義務感に訴える
2、感情をあおる
第八回では、格上の相手を動かすために1の義務感を利用する方法を見ましたが、今回の場合、なんといっても2の感情(パトス)でしょう。義務感を利用しようにも相手の義務感が弱いから、そういう状態になっているのですから。では、どのような感情をあおればいいのか?
それは「恐怖」です。
「恐怖」は歴史的に見ても、人を動かすのに利用されてきた由緒ある(?)感情です。政治指導者は刑罰の恐怖、敵国の恐怖などによって大衆を動かしてきましたし、恐怖を利用した犯罪である恐喝は、はるか昔から今に至るまでなくなりません。
そこまでたいそうな話でなくても、家庭で一度は耳にする「お父さんに言いつけるよ」「お母さんに言いつけるよ」「次やったら、おやつはなしだよ」などというのも、ソフトな形にせよ、本質的には恐怖を利用して人を動かそうとしているのです。
それだけ恐怖は、幅広い人を動かすのに使い勝手のいい感情だと言えます。