巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
現代人にとってのトイレは、排泄のためだけでなくひとりになって思いにふける場所でもある。しかし、チューダー王朝の国王はそうではなかった。排泄の際は、常に『御便器番(おべんきばん)』がそばに控えていたのである。御便器番の仕事は、王のシモのお世話全般にわたった。コトが終わった王のおしりを厚みのある布できれいに拭き取り、出が悪かった時は浣腸まで行なった。やっていることだけ考えれば、母親が幼児の面倒を見るような慈愛あふれる行為だが、こちらの相手はいい大人である。想像だにできない作業であるが、意外にも当時の人々はそう考えていなかった。
チューダー王朝では絶対王政が確立され、王室が神格化されていた。ゆえに、高貴な王のおしりを触ることができる御便器番も、高級貴族でなければ就けなかった。また職業の性格上、王の部屋の鍵を持つことまで許されており、王の着替えを手伝うこともあった。まさに“おしりの穴まで見られた仲”であるから、王の覚えがめでたければ更なる出世を望むこともできた。デキる男のキャリアアップには、御便器番が最適だったのである。なお、ルイ16世統治下のフランスでは、貴族の中に御便器番の成り手がいなくなって平民から募集することになったそうだが、それでもやはり名誉ある仕事ということに変わりはなかったようだ。
とはいえ、王が排泄した排泄物を丁寧に分解して、消化器系に異常が無いかチェックする作業はやはりしんどい。もし、ゲイのケがある上にスカトロ属性というダブル役満な人物がいたとすれば、この上ない天職であったことだろう。しかし、ほとんどの歴代御便器番は自らの地位と高給に免じて、多少なりとも我慢を強いられていたはずだ。
(illustration:斉藤剛史)