巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
百年戦争(1337~1453年)時代のイングランドにおいて、騎士は花形の職業であった。地位と名誉に加え高収入も保証されていたが、年がら年中戦争をしていたわけではなかったから、さほど命の危険もなかった。騎士が人々の垂涎(すいぜん)の的となったのは、自然の成りゆきと言えよう。では、騎士を志す少年たちはいかにして夢を叶えようとしていたのだろうか。答えは、『武具甲冑(かっちゅう)従者』として騎士に弟子入りし、苛烈な労働をこなすことだった。
彼らの仕事は、鎧を着付けて主人を戦場に送り出すことから始まる。その後は戦いが終わるまでしばらく休憩……というわけにもいかない。彼らが控えていたのはいわば補給基地であるから、標的となる可能性が少なからずあった。ほぼ無防備の守備兵力ではあるが、うかつに緊張状態を解くわけにはいかなかったのである。主人がひと働き終えて戻ると、素早く鎧を脱がす作業の開始だ。重量約28キログラムの鎧を着ていたため汗だくなのはもちろん、戦場で脱ぐわけにはいかないので下のほうは垂れ流し状態である。英雄譚では決して語られることのない、戦場の生の臭いがここにはあった。
そして矢継ぎ早に鎧のメンテナンスに取り掛かる。汗や泥水で汚れているため、油断すると鎧はすぐに錆びる。そのため、砂を入れた樽に鎧のパーツを入れて転がすか、さもなくば砂と酢と尿を少々混ぜた即席の研磨剤で磨きをかけた。これで終わりと思いきや、その後も食事の支度が待っているのだった。この関係、何となく“政治家と秘書”を彷彿させる。修行時代は献身的な努力を要するが、師匠の仕事を受け継いだ後には出玉が止まらないくらいの大フィーバー、的な。一概には言えぬが。
(illustration:斉藤剛史)