巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
8世紀後半~11世紀前半にかけて活動したバイキングには、船に乗って他国を侵略する勇猛なイメージがついてまわる。だが、彼らの仕事はそれだけではなかった。侵略していないオフシーズンには農耕や手工業を行なうなど、ちょっぴり家庭的な一面も持っていたのだ。動物性タンパクを補う手段として狩猟をしたり家畜を飼ったりしたが、それよりも手っ取り早い手段として行なわれていたのが『ウミガラスの卵採り』であった。
ウミガラスの卵は鶏卵よりひと回り大きいくらいのサイズで、なにより何百個採ってもタダというのが魅力。しかし、良いことばかりではなかった。産みつけられている場所が大問題なのであった。ウミガラスは海辺の断崖絶壁に産卵する習性があるため、上からロープを垂らして拾い集めるしかなかった。あたかもロッククライマーのようであるが、こちらはやりたくてやっていたわけではない。家には腹を空かせた女房子供が待っていたのだ。しかも命の保証はイラクサで作ったロープ一本のみ。バイキングらしからぬしょっぱい装備である。
いざ崖の中腹まで降りてきたなら、そこからいよいよフィーバータイムの開始だ。ウミガラスはペンギンに似た外見の穏やかな鳥であり、目の前でひょいひょい卵を失敬してもつぶらな瞳で見つめるだけなのであった。お前ってやつは。ところが、そう甘くもなかった。セグロカモメやトウゾクカモメが自分たちの巣を攻撃されたと思い込んで、威嚇してくる恐れがあったのだ。慌てて足を滑らせ滑落死することがあり得たし、そもそもロープが切れてしまう心配もあった。そんな危険と引き換えに得られたのが、ただただ数え切れないほどの卵。まさにハイリスク卵リターンのスリリングな仕事であった。
(illustration:斉藤剛史)