巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
沼地や湿地を歩き回り、鉄製品の原料となる鉄鉱石を拾い集める職業のこと。鉄鉱石って鉱山を掘って採るもんなんじゃないの? と思ってしまうが、この地味すぎる職業が活躍していたのは5世紀半ば頃のイングランドである。大規模な工業用機械や工法があるわけがなく、現代のような露天掘りを用いた大規模産出などはとても望めなかった。ゆえに、沼地など足元が柔らかい場所を細い鉄の棒で突き刺して、コツリと手ごたえがあればとにかく掘り返したのだ。
見つかりそうな場所に多少の見当はつくのかも知れないが、エスパーでもなければとても効率的にできる作業ではない。彼らは、とにかく足で稼ぐしかなかった。
課せられるノルマもきつかった。鉄の精錬業者や金属細工師から仕事を請け負うわけだが、1日あたり30~40キログラムの収集を義務付けられていたという。ひとつの鉄鉱石にヒットしたとしても、重量はたかが知れているから、先が思いやられるというものだ。これほど“ヒット”という言葉に哀愁が漂う職業も古今そうはあるまい。
では、この職業にはいったい誰が就いたのか。それは、奴隷に類するほど身分の低い市民たちであった。がんばったらチーフに昇進できるわけでもなく、ロマンもやりがいも見出せぬまま、今日も今日とて鉄鉱石を拾うしかなかったのである。イングランド騎士の武具だってその根底は沼地の鉄収集人が支えていたのだから、もうちょっとスポットが当たっても良さそうなものである。
(illustration:斉藤剛史)