巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
中世イギリスでは、支配階級の間で古代ローマへの回帰をうたった“新古典主義”ブームが起こっていた。金持ちの文化人たちは、こぞって自分の屋敷や庭を古代ローマの田園風景っぽく改築した。中でも、庭に『隠遁者(いんとんしゃ)』を住まわせるのがオシャレ上級者のテクとされていた。
隠遁者とは、人生や富の追求に嫌気が差した世捨て人のようなもの。中世版ニートと評してもいいだろう。だが、実際にそんな人がおいそれと見つかるわけもない。そこで、食い詰めた貧乏人や詩人、変なおじさん(リアルな意味で)などを金で雇うことにしたわけだ。“金持ちの道楽”というフレーズがこれほど見事にハマる事例もそうはないだろう。
契約条件の一例を挙げてみよう。あてがわれる住居は、粗末な家や洞窟などさまざま。福利厚生として聖書、メガネ、敷物、枕用のクッション、水時計、そして水と食料が与えられる。肝心の給与だが、7年契約の成功報酬として700ポンドが支払われたケースもある。これは、当時の一般的な職業の約3倍に相当する高給だ。しかし、精神的にこたえるのだろうか、途中で逃げ出す者や自殺してしまう者、こっそり契約地を抜け出して近所のパブで一杯キメ込む者などが続出したそうである。
現代の日本国において、ハローワークに隠遁者の求人がないのは悔やまれてならないところだ。昨今のエコブームと絡めて「いま、自然と共生する隠遁者がモテる!」みたいなブームが来れば、エリートニート諸兄の溜飲も下がりっぱなし、であろう。
(illustration:斉藤剛史)