巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
イングランド西部のバースという街は、温泉で有名な観光地である。もともと温泉の街として定評のあった同地だが、18世紀末に高級リゾート地としての設備が整ったことで、その人気が不動のものとなった。当時のバースで、最もしんどい仕事をこなしていたのが『浴場ガイド』の人々であった。キャンバス地のユニフォームを着て、お客様を湯の中までご案内するのが主な仕事だ。これを日に12時間ほどこなすわけだが、ぐちょぐちょの服を長時間着続けるのは誰でも不愉快なものである。その上、毎日半日近くも湯の周りにいるわけだから、バース温泉の豊富な鉄分が肌に染み付き、全身がオレンジ色っぽくなってしまった(落ちない)。当時は男性でも白いお肌が良しとされていたから、異性にモテず涙を飲んだ浴場ガイドがいたかも知れぬ。
浴場ガイドの仕事はこれだけではなかった。金持ちがレジャーでやってくる以外に、皮膚病患者が療養のためにやって来るのである。こうしたお客様の入浴をサポートする、いわば医療ヘルパー的役割も課せられた。膿や腫れ物のかすが漂う中を動き回るのは、進んでやりたい仕事とは言い難いだろう。なお、入浴客たちはみな湯巻を纏(まと)ってはいたが、混浴であったから勢いでエロス行為に及ぶけしからん輩を注意する必要もあった。中には「金貨をやるから、あの貴婦人の周りの湯をすくって来てくれ」などと言って浴場ガイドを買収するド変態野郎もいたとか。ほとほと困ったものである。
(illustration:斉藤剛史)