巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
世の中に禁制品や関税がある以上、無くならないのが密輸である。ジョージ王朝期(1714~1837年)はお茶やブランデー、ジンなどの酒類が密輸対象品であった。これを文字通り水際で阻止するのが『騎馬巡視官』の役目である。密輸船がやって来やすいイーストサセックスやロビンフッズベイに配備され、その割合は約6.5キロメートルに1人とされていた。馬にまたがって海岸をパトロールする姿はなかなかかっこいいものだが、実態は厳しいものだった。
そもそも、ぽかぽか陽気の日に上陸する密輸船などありはしない。夜間や暴風雨の日を選ぶわけだから、それに合わせて巡回しなければならない。これほど不規則な就労条件でも年収は一般的な肉体労働者と同程度だったというから、テンションだだ下がりである。さらに、命の危険も大きかった。我々がイメージするところの密輸船は、せいぜい某国工作船くらいのスケールだが、実際は500人規模で船団を組んでやって来ることもあった。騎馬巡視官はこれにピストルと短剣のみの装備で立ち向かわなければならないわけだから、よほどの無双ぶりを発揮しなければ勝ち目はあるまい。ゆえに、摘発しようとしたところを返り討ちにあって、殺されてしまう者もいた。
めでたく密輸人を逮捕できたところで、騎馬巡視官にはまだ仕事が残っていた。裁判で密輸人を有罪にしなければ、出来高分の給料が払われないのだ。しかし、裁判官や陪審員が密輸組織に買収されていることがあり、正義が厳密に履行されることはまれであった。こうなると、もうやってらんねぇと思う者も出てくるわけで。自らも密輸組織と結託して、ダーティー巡視官に鞍替(くらが)えするケースもあったという。
(illustration:斉藤剛史)