巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
下水道が未整備の都市において、トイレは必然的に汲み取り式となる。となると、当然誰かが溜まったモノを処分しなければならない。チューダー王朝期のイングランドでは、『糞清掃人』がその役割を担った。あまりに直球なネーミングが清々しいくらいだが、彼らには『ナイトマン』というクールな異名もあった。衛生面の問題から、仕事をしていい時間が夜9時から早朝5時に限られたためだ。闇夜に紛れて人知れずうんこを片付けて去って行く……なんとも渋い生き様である。
糞清掃人は、糞尿を回収する巨大な樽を馬車に乗せ、各家庭を回った。当時のトイレは糞尿を溜めるタンクの上に木板を乗せた簡素なものだったので、清掃の際にはいったん蓋を外してから作業を行なった。タンクの内容物は2層に分かれ、上が液体、下が固体になっていた。まず液体をバケツで汲み出し、固体はシャベルでかき出すのである。この時、彼らは膝や腰の辺りまで糞に浸からなければならなかった。現代の清掃人には化学繊維とビニールの清掃服があるが、糞清掃人にそれはない。体に染み付いた臭いは、もはや職業病の一種であった。さらに彼らは、糞の中で赤子の腐乱死体を発見するという戦慄の光景に出くわすこともあった。母親が赤子を育児放棄して、トイレに捨てる事件がたびたび発生したためである。彼らは汚物のみならず、人間の暗黒面をも相手にしなければならなかった。
意外にも、死のリスクもあった。溜まった糞尿から有毒な硫化水素が発生し、タンク内に充満してしまうのだ。うんこが人を殺すのである。そういう意味では、彼らにとって毎日が命がけだった。その代わり、高給で遇されたのがせめてもの救いと言えよう。
(illustration:斉藤剛史)