巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
イングランド財務府のエリート官僚、と言うと聞こえはいいが『財務府大記録の転記者』はエリートのイメージとはかけ離れたものだった。1129年に登場したこの職業は、イングランド各州が国庫に納めた税金の記録を残すことであった。しかし、経済に変動する性質がある以上、既定の税率を納められない州が出てきてしまうのも事実だ。財務府大記録の転記者は、こうした負債の記録を残していかなければならないのだが、とにかくそれは手間のかかることだった。
日本でも同様のことが言えるが、自治体の負債というものはそうそう無くなるものではない。むしろ、毎年地味に増えていったりする神秘の性質がある。財務府大記録の転記者は、この数字を定められた書体と定められた文字サイズで羊皮紙に書き写す作業がメイン業務である。減る気配のない自治体の財政赤字の数字と、ほぼエンドレスで付き合わなければならない。記録が収まりきらず、繋ぎ合わせた羊皮紙の長さが最終的に1.8メートルにまで達した年もあったそうで、思わず気が遠くなってしまう。写経のような雰囲気があるが、精神修養の効果は皆無であろう。仏教徒でもないし。
「完済しろよボケ」と心の中でぼやいていたに違いないが、そうなると彼らの仕事が減ってしまうので痛し痒しであろう。何せ、給与水準は王室付きの騎士(省庁の事務次官クラス?)に次ぐほどだったそうだから、「世の中ゼニや!」の気概さえあれば人並み以上の生活が約束されたのである。ひとたび家に帰れば、仕事はやりがいがどうのとか熱弁する息子に、掌底のひとつもくれていたのかも知れぬ。
(illustration:斉藤剛史)