巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
日本という国が成立して以降江戸時代に至るまで、鏡といえば銅鏡が一般的であった。卑弥呼が儀式で使うようなアレである。歴史の教科書では紋様が刻まれた面の写真しか載っていないが、反対側はツルツルに研磨されていてよく映り込むようになっている。ガラス製の鏡もそうだが、鏡は使っているうちにどうしても曇ってしまうものである。ガラスは布で拭けば済むが、銅鏡の場合はそれでは済まない。『鏡とぎ』に研いでもらう必要があった。
鏡とぎが使った研磨剤は特殊なものだった。水銀と錫(すず)、砥(と)の粉(こ)、梅酢を混ぜたものを使用していた。梅酢に含まれるクエン酸が汚れを除去し、砥の粉は銅鏡表面を物理的に研磨、さらに水銀と錫がメッキ効果をもたらした。化学反応を心得て使っていたわけではないだろうが、長年蓄積された知識と経験の賜物であろう。しかし、日常的に素手で水銀を扱うのは危険極まりない行為である。この時代の日本人は水銀の毒性を全く認識しておらず、水銀を含んだおしろいを全身に塗ったり、あまつさえ高級薬として重症の病人に飲ませることもあった。もちろん、病人の死期を早めていたのは言うまでもない。鏡とぎたちも同様のリスクを抱えていたのである。
ちなみに、研ぎの作業で邪魔にならぬよう、彼らの着物は上下ともかなり丈の短いものが使用されていた。すると、作業中にだんだんと股間からモノが見えてきてしまうことがあったようなのだ。事実、女性たちがこれを覗きに群がったという様子が「鏡とぎ すこし出したで 顔がふえ」という川柳に詠まれているほどである。イケメン鏡とぎの股間を見た女性たちが「ああ~ッ、すごいッ……!」って、ほとんどエロ劇画の世界ですなこりゃ。
(illustration:斉藤剛史)