巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
クリーニング屋が行なう洋服の糊付け作業は、気持ちよく服を着たり、服のラインを引き締めて見せるためのものだ。だが、15世紀のフランスでは、糊付けしなければ形を保てない服飾品が数多く存在した。エスコフィオンという婦人用の帽子や、フレーズというひだのついたエリマキトカゲのような襟が、その代表例だ。後者のほうは、天正遣欧少年使節(てんしょうけんおうしょうねんしせつ)のイラストにも描かれているから、ご存知のかたも多いのではないだろうか。こうした手間のかかる糊付けを生業(なりわい)にしていたのが、『コテ女』である。
ふつう、コテというと鉄でできた物を想像するが、彼女たちはガラスや大理石の面を磨き上げた物を愛用していた。当時使われていたでんぷん糊の成分では、鉄のコテを当てるとベチョベチョになってしまったからだ。現在のアイロンが使われるようになるのは、この“糊ベチョベチョ問題”が解決されてからのことになる。延々とプリーツを作り続ける毎日に刺激があったとは思えぬが、華美を旨とする貴族文化がある限り、彼女たちが食いっぱぐれることはなかった。そういう意味では、安定した雇用を享受していたと言えよう。
「コテ女がいるなら、コテ男だっているのでは?」と素朴な疑問が浮かんでくるが、ご婦人のランジェリ~を扱うことも多かったので、やはり女性が従事したほうが都合が良かったようだ。似たような理論で、ビルのトイレ掃除人にも女性が従事するケースが多いのだが、いくらプロと割り切っても、用を足している最中におばちゃんが入ってくるとやっぱり気になるものである。え? 全然関係ない?
(illustration:斉藤剛史)