巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
公衆便所は今でこそ当たり前の公共サービスとして利用されているが、世界各国の街中にそれが設置されるようになったのは、ほぼ近世に入ってからのことである。そんなわけで1780年頃、中世と近世の分け目の時代に『移動便器屋』は誕生した。彼らは折りたたみ式のポータブル便器を小脇に抱え、大きなマントを羽織ってパリ市街を歩き回った。職質を喰らったら、ほとんど言い訳御無用な出で立ちである。ときおり掛け声を上げるのだが、そのフレーズは「何をなすべきか、それは言わずと知れたこと!」というえらく哲学的なものだった。さすがに、「うんこしたい奴、出て来いや!」(高田延彦調で)みたいな直球フレーズでは、お客は来ぬと踏んだのだろう。
いざ、もよおしたお客さんに呼び止められると、4スー(1フランの5分の1)で便器を貸し出した。そして、人体消失マジックのようにマントでお客を包み隠し、プライバシーを確保してあげた。ここまでしてこそ、金を取る価値があるというものだ。パリ市街には既に排泄用の樽が設けられていたのだが、移動便器屋は上級志向の排泄ライフを標榜することで、ビジネスチャンスを見出したわけだ。
彼らの地道な活動は、一定の成果を見るに至った。立ちション&野グソの被害が減少し、街の清潔感が増したのである。だが、人目を気にせず排泄する者が相変わらずいたことも確かで、移動便器屋がビッグマネーを掴んだという話はついに聞かれなかった。もともと投機的な目的で始めた仕事なのに、結果として公共サービスを補完する形になってしまったことになる。
(illustration:斉藤剛史)