巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
16世紀のイタリアに端を発し、最終的にヨーロッパ全土にまで広がった奇抜なファッションが存在した。“ツケボクロ”である。美白が貴ばれていたご時世、「顔にホクロがあると肌の白さが引き立つ」という理由で、またたく間に貴婦人たちの定番ファッションとなった。ツケボクロを作っていたのはその名も『ツケボクロ師』で、彼らは婦人用の小物を製造する精密細工職人の仕事も兼業していた。
ツケボクロには、丸や四角のほか楕円、星、三日月、太陽、ハート、人、動物……など実に多様なバリエーションが用意されていた。また、目元に付けるホクロは“情熱的な女”、口元は“色好みな女”、鼻の上は“あばずれ”、頬は“恋する女”といった具合に、場所によってホクロの名前が分別されていたというから、それなりのファッション体系が形成されていたことがうかがえる。
驚愕すべきは、この流行が女性だけにとどまらず、騎士や聖職者といったおカタい職業にまで浸透したことだ。騎士はともかく、ツケボクロをした聖職者に説教されても軽くムカつくだけだと思うのだが、あまりに流行っていたからもはや気にならなかったのだろう。こういう奇抜なブームはすぐに過ぎ去るのがお定まりのはずなのだが、ツケボクロブームは200年にもわたって続いた。ファッションには周期があるとも言うから、ひょっとしたらまたツケボクロブームがやって来るかも知れない。ツケボクロ以上に変わったファッションが珍しくない昨今だけに。
(illustration:斉藤剛史)