巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
男性用のズボンには、必ずといっていいほどポケットが付いているものだ。しかし、中世の男性が穿いていたズボンにそれは無かった。凶器を忍ばせられないよう、わざとポケットを付けなかったという説もあるが、定かではない。ところが15世紀、ヨーロッパ全土に一大ポケットブームが巻き起こる。“股袋(またぶくろ)”である。男性の股間のど真ん中に、ドラえもんの四次元ポケットのように設置されており、かなり目立つ代物だ。これならば凶器の心配も無用というもの。このセクハラスレスレのポケットは、モノを収納するだけでなく装身具としての役割も果たした。取り付けを行なったのはその名も『股袋屋』。彼らは平民から国王に至るまで、あらゆる身分の人々のズボンに不思議空間をこしらえた。
股袋に装飾の意図があったとはいえ、ちゃんとポケットとしての役割も果たしていた。ハンカチや鍵が入れられているのは現代と変わらぬが、小腹減り対策のためにリンゴやオレンジまで入れていたというからア然である。さらに、それを他人に差し出しても失礼にはあたらなかったというが、どう好意的にとらえてもド変態野郎の所業としか思われぬ。マナー的にはOKでも心情的にはアウト、といったところだろうか。そうでなければ、中世ヨーロッパ人と現代人の間には、越えられぬ衛生観念の壁が存在することになる。もし、股袋からウインナーをチラ見せさせたり、中でオレンジを潰して果汁を滴らせる一発ギャグがあったらすごいのだが、たぶん無い。残念です。
(illustration:斉藤剛史)