巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
“火事と喧嘩は江戸の華”という言葉が示すとおり、江戸の街には火事が多かった。およそ10万人が焼死したという明暦の大火を筆頭に、あたかも定期的であるがのように火事が頻発した。その度に人々は家を失っていたわけだが、いかな江戸っ子とて毎度毎度家財が消失しても平気でいられるはずはない。江戸市民全員が“うっかり八兵衛”のようなお調子者ではないのだ。
だからこそ、多少金銭に余裕がある者は『穴蔵屋』に注文して、自宅の地下に穴蔵をこしらえていたのである。穴蔵とはヒバ材で作られた4~5坪ほどの枡形の倉庫のことで、いわば防火シェルターのようなものである。これを地下に埋めておき、いざ火災が起こったときは家財道具を穴蔵の中に放り込み、蓋をして避難した。町人のみならず、商店でも敷地内に数ヵ所の穴蔵を設けて火事に備えていたというから、穴蔵屋もそこそこ仕事に恵まれていたようである。
なお、穴蔵作りにはちょっとしたコツがあった。材木の隙間に槙皮(まいはだ)(ほぐした樹皮の繊維)を詰めるのである。江戸は地下水が豊富な地形のため、埋めておく穴蔵には防水対策を施す必要があったのである。また、木材が腐って地震で崩壊するのを防ぐという側面もあった。もし人間が避難してもオーケーだったら、穴蔵屋は江戸の大ヒットビジネスになっていた可能性もあるが、実際にそのような使用法を実践したら暗闇の中で窒息死かはたまた蒸し焼きか、というのがオチであろう。
(illustration:斉藤剛史)