巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
現代人にとって、喫茶店が憩いの場として愛されているのは衆目の一致するところである。ところが、古代ギリシャ人やローマ人にとっての憩いの場は、喫茶店ならぬ“喫湯(きっとう)店”だった。当時、お湯は美味&健康&優雅の三拍子が揃ったパーフェクト飲料とされていた。また、喫湯店で出されていたのはただのお湯ではなく没薬(もつやく)(カンラン科の植物から採集したゴム樹脂)やサフランなどで香りを付けたお湯だった。このお湯は渇きを癒すためではなく、心身の充足を求めるために飲まれた。まさに、現代における紅茶やコーヒーと同じではないか。
そんなわけで、貴族階級の者たちも高価な器で様々な香りのお湯を嗜(たしな)んだ。やはり紅茶よろしく温度設定が肝だったようで、飲み頃の温度から少しでも高かったり低かったりすると、給仕の奴隷は厳罰に処されたという。「お湯が熱いから処罰」とは、理不尽もほどほどにして頂きたいものである。いっぽう平民はというと、それなりの器でそれなりの温度のお湯を飲んでいた。ふつーであった。
喫湯店が提供していたのは、お湯だけではなかった。暑気払いの飲み物として、熱湯と氷を同じ割合で混ぜたものもよく飲まれていたようだ。冷たすぎる飲み物は体に悪いから、ということらしいが、そんなら最初っから常温の水飲めば良くね? と思ったり思わなかったり。
そして、ローマ皇帝グラディウス1世の時代になると「喫湯店に入り浸るのは時間の浪費である」として、庶民は喫湯店に出入り禁止になってしまった。哀れ、お湯を楽しむことすら禁じられてしまったわけである。まぁ、世の中もっとおいしい飲み物がたくさんあるわけだから、気を落とさずに頑張れ。コーラ飲めよコーラ。
(illustration:斉藤剛史)