巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
鋳物師(いものし)の中でも特に小口な商いをする者を、『るつぼ師』と呼ぶ。16世紀初頭、フランス中部のオーヴェルニュと北西部のノルマンディーでは、行商するるつぼ師の姿を多数見つけることができた。そもそも当時の鋳物師たちの仕事は、鉛や錫(すず)からスプーンを鋳造したり、鍋や食器の修繕をする程度のものだった。るつぼ師はそれよりもさらに零細な仕事をしていたというから、大金とは随分縁遠い暮らしをしていたようである。
彼らの商売道具は、粘土が入っている鍋とコンロだけだった。鍋とコンロは金属を溶かすために使い、粘土は鋳(い)かける物の型を取るために使ったのだろう。地方の村々を巡っては客を探し、柱時計の振り子や秤(はかり)の錘(おもり)、猟銃の弾丸などを作ったという。なお、振り子って壊れたりするもんなの? という疑問は心の中にそっとしまっておこう。中世フランスではたぶん、ボキボキ折れたりしていたのだ。
毎日が流浪の暮らしだったため、妻子やペットは連れて歩くのが基本スタイルだった。るつぼ師に嫁ぐ娘は生活スタイルがまるっきり変わるわけで、ずいぶんと思い切った決断をしたものだと思う。なお、宿泊は役所や教会といった公共施設の前に用意されている家を利用した。なんでも、鋳物師仲間が共同で建てた宿泊施設が、各地に点在していたようなのだ。個人プレーに頼る職種でありながら、横の繋がりはわりとしっかりしていたようである。大衆演劇一座のように、村から村への旅ガラス。こういう生き様も、なかなか渋いものである。
(illustration:斉藤剛史)