巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
とにかく紙ならなんでもござれ、の古紙回収業。現代にも“毎度おなじみちり紙交換”がいるが、江戸時代のほうは徹底ぶりがとにかく凄かった。商店、長屋などを渡り歩いて使用済みの紙を買い集めるのだが、古い帳簿や習字の練習帳はもちろん、糞尿を拭いたトイレットペーパーまで回収していたのだ。往来に落ちている紙屑を拾い集める者までいた。また、遊郭で使用された精子つきの紙は人形師に良い値段で売れたという。曰く、「これで人形の顔を拭くと照りが出る」とのこと。人形は顔が命とはいえ、これでは間接キスならぬ間接ぶっかけプレイである。
なお、買い取る紙屑は天秤で重さを量り、それに応じて対価を支払った。紙屑を入れておくかごは目の粗い竹かごを使うよう指導されていた。紙に紛れていかがわしいものを販売しないように、と役人から警戒されたからである。裏を返せば、それだけ紙屑買いがあちこちの家に入り込んでいた、ということになろう。
こうして集められた古紙は紙漉(す)き屋に売られ、“漉き返し紙”として再利用される。古紙を煮て溶かし、ほどよく冷えたら再度漉くのだ。漉き返し紙の製造業者は浅草近辺に多かったため、浅草紙と呼ばれた。できあがりは黒ずんでいてごわごわした質の悪いものであったが、ちゃんと売れて再利用された。
それほどに紙は貴重品だったのだと言えよう。ちなみに、糞尿を拭いた紙のほうは収集段階からカゴを別にしてあったそうなので、ひと安心である。恐らくは、そのままトイレットペーパー専用の漉き返し工程に乗ったのだろう。間接スカトロプレイの危機は回避されたのだ。それなりにめでたし。
(illustration:斉藤剛史)