巷では相も変わらず企業の労働環境に関するニュースが絶えませんが、歴史を紐解いてみれば、ブラックな職業は大昔から存在していました。そこで本連載では、古代・中世ヨーロッパや日本の江戸時代にまで遡り、洋の東西を問わず実在した超ブラックな驚くべき職業の数々を紹介していきます。あなた達は、本当のブラック職業を知らない……
仏教や神道のイベントのひとつに、“放生会(ほうじょうえ)”というものがある。生き物を山野や水辺に放し、不殺生(ふせっしょう)を戒めるという意味合いが込められている。毎年9月15日に開催される石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の放生会などは、現在でも多くの人で賑わう人気イベントだ。放す生き物は何なのかというと、お手軽なところでスズメが用いられていた。そして、現代以上に放生会が賑わった江戸時代には、空に放つための鳥を販売する『放し鳥売り』がいたのだ。
彼らは放生会の行なわれている境内に店を構えたり、その付近をかごを担いで売り歩いたりした。鳥のほかに亀やウナギも定番の放しアイテムだったようで、鳥は十二文で亀は四文、ウナギは三文で販売された。鳥を捕まえるのは手間がかかるし、大空に羽ばたかせる“リリース感”も良さそうであるから、多少お高めの価格設定となっている。一見ウナギがお買い得っぽく見えるが、売られていたのは我々が想像するような太くて逞(たくま)しいうえに黒光りした(以下略)ものではなく、どじょうくらいの可愛らしいものであった。放生会用リミテッドエディション、というわけである。
なお、ご購入の際は弱っているものを選んで放してやるのが、功徳(くどく)が高いとされていた。そもそも捕まえて弱らせてしまったのも人間のせいなのだから、これは随分なマッチポンプである。放し鳥売りというのは、こうした矛盾を内包している業の深い職業なのだと言えよう。そう考えるとちょっとかっこいい気がしないではないが、恐らく気のせいであろう。
(illustration:斉藤剛史)