ここで「よろしく」の意味を確認してみたいと思います。「よろしく」とは、漢字では「宜しく」と書き、主に「ちょうどよい具合に」「是非とも」を意味し、人に何かを依頼をする時や人に好意を伝えてもらう時(例えば「よろしく伝えて下さい」)にも使います。
ここでも「何」を「よろしく」なのか明確ではありませんが、さまざまな「よろしく」の意味を深く掘り下げてみると、ある共通の目的に行き着きます。それは、「とりはからう(取り計らう)」ということです。つまり、物事がうまく運ぶように考えて処理をすることです。
これは特別な解釈ではなく、すでにご存知の方も多いと思います。しかし、普段から何気なくさまざまな場面で「よろしく」を口にするが故に、言葉が形骸化してしまっていて、気が付かなかったという方もおられるのではないでしょうか。
「よろしく」の前には、目的として、物事の便宜を図ってもらいたいという意図が省略されているのです。しかし、注目すべきことは、その意図を言葉として表現せずともコミュニケーションが成り立ち、その意図もくみ取られることです。
これはまさに、「以心伝心」を物語っている気がします。「以心伝心」とは、「心を以(もって)心に伝う」と読み、元来は仏教(禅宗)用語で、言葉や文字では分からない仏法の真髄を、師から弟子の心に伝えることを意味しますが、現代では文字や言葉を使わなくても、お互いの心と心で会話するということを意味します。この言葉から抽出すべきことは、「信頼」というものです。私はこの「信頼」こそ、「よろしく」が指し示すものだと思うのです。
「よろしく」とは、自分への便宜を図ることだけをお願いする一方通行ではなく、相手への便宜も図る対面通行でなければ成り立ちません。さもなければ、それはただの強要になってしまいます。いい例が、「よろしくお願いします」と言えば、「こちらこそ、よろしくお願いします」という返答がある場合です。お互いの「信頼」があって成り立つのが、本来の「よろしく」という言葉なのではないでしょうか。
これまで、なかなか相手のことまで考えて「よろしくお願いします」と口にしていなかった私自身を反省します。多くの方と、心から「よろしくお願いします」という言葉を交わすことができるような生活に努めていきたいと思います。
なお、1年間お読みいただいたこの「訳せない日本語」という連載は、これをもって一旦終了とさせて頂きます。ご存知の方もおられると思いますが、この企画はすでに書籍化もされ、有難いことにご好評をいただいております。
また今後は、異なったテーマにて、少しお休みをいただいた後に連載を再開するつもりでおります。自分なりにあった新たな発見などを、また皆さまにお届けしていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。