――宮本ヘッドによれば、このときは小川監督だけではなく、二軍の高津臣吾監督も、梅野投手には厳しく接したそうですね。
小川 やっぱり、僕らの中では「梅野雄吾」という投手に対する評価は高いですからね。それだけ期待しているのは間違いないですから。速い球を投げられるし、指先もとても器用ですし。それに、僕ら首脳陣は「梅野の適性はリリーフだ」という共通認識を持っているので、二軍では、高津も梅野をいい場面で使っていました。だから、彼が二軍できちんと結果を出して一軍に上がってきたときには、「これはお前の実力で上がってきたのだから、自信を持っていいんだぞ」ということは伝えました。
――昨年後半からセットアッパーとして活躍したのは、そういう経緯があったのですね。
小川 彼の人間的な本質がどうなのかということは、正確にはわかりません。でも、彼はやんちゃというか、虚勢を張ってしまうことがあって、誤解されやすいんです。だから、彼にはいつも「謙虚さだけは忘れるなよ」ということは、伝えるようにはしています。
――5月15日、マツダスタジアムでの登板では4点差の9回裏にマウンドに上がり、一気に同点に追いつかれ、リリーフ失敗となりました。その際には、どのように梅野投手に接したのですか?
小川 あのときは特に言葉はかけませんでしたね。石山が不在の中で、急遽クローザーになって、経験の浅さが出たと思います。彼は口には出さないけど、このとき、いろいろなことを考え、多くのことを学んだと思います。自分の勢いでグイグイ行けるときには実力を発揮できても、逆に相手の勢いがすごくて、徐々に追い詰められていくときに、どうやって自分の力を発揮するか? 結果的にあの試合は延長戦でサヨナラ負けをしたけれど、梅野は、4点は奪われてしまったけど、何とか同点で切り抜けた。決して逆転はされなかった。これは今後に生きてくると思うし、生かさなきゃいけないとも思います。負けた試合について、こんなことを言ってはいけないかもしれないけど、あの日の登板は、間違いなく、彼の今後のプロ野球人生において、一つのいい経験になったと思います。