自分の驕りと無知さから一つの会社を潰しかけたことがある。
広告会社・博報堂の社員時代、2年目だった私は約3000万円の仕事をイベント会社・A社に発注した。従業員20人ほどの同社にとっては大きな案件だが、総売り上げが7000億円近い当社からすればそこまで大きな額ではない(と思った)。この3000万円を支払う手続きを期限までにしなかったのである。
当時、私は大きな金額が動く大企業の常識に染まり過ぎていたところがある。また、従業員が3000人ほどもいる会社で巨大な売り上げがあるだけに、定年まで安泰なのでは、といった甘っちょろい考えもしていたと思う。従業員2人の零細企業を経営している現在、会社がいつ吹っ飛ぶかわからないという厳しさは身に染みて分かっている。
だが、24~25歳だった私は、中小企業の経営状況について想像力が欠如していた。『男はつらいよ』のタコ社長が頻繁に金策に出ている映像は覚えていたのだが、タコ社長があまりにもいつも明るいものだから、「金策」という言葉も軽く考えていた。
だが、イベント会社というものは、その下に施工会社やらイベントコンパニオン事務所、音響会社、フリーランスの台本作家などがおり、そうした会社・スタッフにキチンと期限までに支払いをする必要がある。3000万円の売り上げがあったとしても、下請けに2700万円程払っている、なんてこともあるのだ。
当然、イベント会社の下請けは、もっとキツい。施工会社は1000万円で施工を請け負ったとしても、資材購入やら外部作業員への発注などもあり、商流の下に行けばいくほどカツカツ状態になっていく。
大手広告代理店はその商流の最上位だ。その“大手広告代理店”の立場であった私は、「A社はオレらから発注を受けているうえ、他にも博報堂から相当額の仕事を請け負っているだろうから、潤っているんだろうな」といった甘い見方をしていた。
期限までに支払手続きをしていなかったことに気付いたのは、期限翌日だ。
博報堂は、発注した仕事の金銭的な処理は、毎月20日までにしなくてはいけない「20日締め」。その日を過ぎたら、処理は翌月扱いになってしまう。そして当時、「管理部」と呼ばれる経理関係を仕切る部署に「発注書」(の控え)と発注先のハンコが押印されている「納品書」を出すことで、初めて経理からの処理ができるというルールになっていた。
つまり、20日までに、発注先に「発注書」や「納品書」などが複写式になっている書類一式を送り、発注先からは「納品書」に押印してもらい、それを返送してもらう――といったやりとりをすべて終えていなくてはならないのだ。
そんな中、私は日々の仕事に忙殺されており、A社へ3000万円の発注書を送り損ねていた。締め日である20日の前日や当日、管理部が締め切る時刻前に気がつけば、まだ良かった。バイク便を往復させるなど、なんとか手立てはあるからだ。
しかし20日、管理部の社員がすっかり帰ってしまった深夜、A社の社長から私の上司・X氏に対して連絡があった。
「Xさん、この前のイベントの3000万円の発注書、まだ届いていないんですが……。もしかしたら、どこかで行き違いになったりしていませんかねぇ?」
X氏は私に「A社への発注書は送っている?」と聞いてきた。私は「やばいっ! 忘れていた!」とそこで初めて発注書を送っていないことに気がつき、X氏は「えっ!? おい、お前、そりゃマズいぞ!」と仰天。
「あのさ、『20日締め』は、守らなくては本当にマズいんだよ。例外は許されない。もしも例外を許すと、それを守らないヤツが続出することは目に見えているから、厳格なルールとして『20日締め』があるの。ヤバい……。A社は潰れてしまうかもしれない……。M社長がこれから金策に出なくてはいけない可能性が出てしまったぞ……」
「マジっすか!?」