私はA氏に対し、ブランドの責任者が、もう少し目立たないようにやってもらいたいとお願いしてきた、と説明した。
数分間は静かにやってくれていたのだが、すぐに強引な動きに出るようになった。このままではまた責任者から文句を言われ、「もうあの人達を追い出してください」なんて言われかねない。せっかくイベントに協力してくれたA氏にも申し訳ないし、めでたいオープニングの日に妙なトラブルを起こしたくない。
こちらの気持ちは分かっているだろうから、私は顔の前で手を合わせ、目をギュッとつぶり「申し訳ありませんが……(もう少し穏やかにやってください)」のアピールをした。A氏からもOKのサインは出たが、やはり状況はすぐ元に戻る。
そりゃそうだろう。3人もの人間がいて成果をそれ程上げられないというのは、事前に上司に説明していたことからかけ離れているものと思われる。
こうしたイベントへの相乗りというものは、開始前は「こーんなオシャレなブランドで、話題のブランドで、その新店舗ですからすごいことになりますよ!」などと言って上司の決済を取ろうとするものだ。
特にA氏の場合は転職をしたばかりということもあり、何かの突出した結果を残さなくてはいけない状況に追い込まれていたと推測できる。
それなのに、アパレルブランドの責任者や店員は自分達のことを邪魔者扱いし、挙句の果てには味方だと思っていた広告代理店の人間(私のこと)まで、一緒になってこちらに妨害工作をしかけてくる。そう思っていたのだろう。次に注意に行った時、ついにA氏はキレた。
「こっちだって仕事でやってるんですよ! そんながんじがらめにしないでいいでしょうよ!
中川さんは、所詮、オレのことを『下請け業者』扱いし続けているんですよ! オレがイベント会社にいた時は、えぇ、確かにあなたは発注者でしたよ。そしてオレらの会社のことを顎で使って見下していたんでしょ?
でもね、今オレはこうやって事業会社の広報・宣伝としてかなりの権限を握る人間なんです。あの時と同じように見下すような態度を取るって、おかしくないですか?
オレだって博報堂に今後発注する立場になるかもしれないし、今日だって、あなたの態度は冷たく、あの時の『広告代理店=上』『イベント会社=下』の立場でオレに接している。
もう状況は変わったんですよ!」
私は「そんなことはありません。元々オレはAさんのことを下請け扱いして見下したこともないし、今日だってそんなことはありません。しかし、今回の主役はあくまでもブランドの方なので、そこの方々がもう少し穏やかにやるようお願いしているから、それを代わりにお伝えしているわけです。今回はこうしてご一緒できたことにも感謝しています」と伝えた。
この後、A氏は外でチラシをまき、住所を書かせるような行動に出たがこれは黙認することにした。確かに、店の一番目立つ場所に彼らの場所を用意できなかったのは申し訳ないし、店舗のスタッフは明らかに彼らに協力するどころでもなかったのだから。
この件でつくづく感じたのは、
立場の差から卑屈になる人間は、立場が変われば自分が高圧的になれ、相手をペコペコとさせる権利が与えられると思っている
ということだろう。
A氏は自身がいずれは私のいるような大手広告代理店を顎で使い、接待をさせることも可能なんだぞ、といったことをちらつかせてきた。人間、相手によって態度を変えないこと、というのが「低姿勢」であり続けるには必要なことだと深く感じ入った体験だった。