ビジネス書業界の裏話

編集者泣かせの原稿 その2 作家の顔が見えない原稿

2017.03.23 公式 ビジネス書業界の裏話 第28回
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表現方法という著作権

文書だけでなく、本文中に使われる表や図版にも著作権はある。しかし、これも先述したとおり、誰が作っても同じ表になるというものには、著作権は存在しない。単なるエクセルの表では著作権を主張することは難しいし、棒グラフ、円グラフにしたところで、これもたぶん認められない。これらの図表は誰がつくっても同じだからだ。

五角形を組み合わせて相互の関係を「見える化」するとか、顧客の心理を五段階に分類するとか、そういうオリジナルな「意見」を図にしたものが、著作権の対象である。すなわち表や図版も作家の顔が見えるものとなって著作権が生じるのだ。表現方法とは、立派な個性なのである。表現方法にも表現思想があって、それは十分著作権の対象、すなわち作家の顔となり得る。

25年くらい前まで、私の周辺では「新聞記事には著作権がない」という話が定説のようになっていた。新聞記事はいくらコピーしても問題とはならない、そう信じて本文中の資料としてずいぶん新聞記事のコピーを使わせてもらっていた。

しかし90年代末くらいから、許可なく新聞記事をコピーすることはしなくなった。正しくは新聞記事にも著作権はあるのだ。もはや新聞記事に著作権があるというほうが常識になっているので、平気でコピーしていた昔のほうがおかしいと思われるだろう。ところが、どこでもそのおかしなことをやっていたのである。出版社や作家が、全体に著作権に疎(うと)いというのはこの事実からも明らかだろう。

表現方法も他に差をつける作家の個性

著作権法上、事実の表記については著作権の対象ではない。事実というのは誰が書いても同じだからだ。書く人によって違っていたら、それは事実ではない。意見、あるいは見解というものだ。事実にゆらぎはなく、ゆらぎがないから事実なのである。

新聞記事とは、それが本当に事実かどうかは別として、聞いたまま、見たままを書いている。聞いた話がデマならそれは誤報となるが、創作ではない。あくまでも聞いた事実を書いただけである。聞いた事実を書いただけなのだから、新聞記事に著作権は生じないのではないか。それが25年前の私たちの考え方であった。

しかし、事実といえども記事には記者の視点・表現方法という思想がある。つまり結論から書くか、経緯から書くか、どう書けばより読者に分かりやすいか、どういう視点から書けば読者にインパクトを持って事実を伝えることができるかという、表現方法は記者の思想そのものなのだ。

ゆえに新聞記事には、表現方法という「記者に帰属する著作権がある」ということになる。こんなことをある弁護士からはじめて聞いたときは、過去にどれだけ新聞記事のコピーを使ったかと考え罪悪感に苛まれた。幸いどこからも訴えられることがなかったのは、新聞各社の懐が深かったおかげだろう。あの頃は、まだ大手各紙はいまほど部数を落としていなかった。いまならたぶん許されまい。

作家の個性とは、税法の解説でもビジネス手法の解説でも「表現方法」という形で本文中に表すことができる。オリジナルな主張ばかりが個性ではない。ユニークな表現方法もまた立派な個性であり、著作権法で保護されるべき対象なのである。ビジネス書作家を目指す人には、ぜひユニークな表現方法を体得し、大いに読者に貢献してほしい。これが売れっ子作家になるためのひとつの道でもある。

次回に続く

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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