本は手段なので、出版されればそれでよいというものではない。
まずもって本は、売れなければ困る。売れない本というのは、「読者がいない」ということだからである。読者がいなければ書いた甲斐がない。また、本は売れないと書店にも残らない。そういうマイナススパイラルになってしまうのである。
前回、本を出すと怪しい人からのオファーや胡散臭い儲け話など、迷惑な話も舞い込んでくることを伝えたが、迷惑な話も、ありがたい話も、「本が売れたら」の話であることを憶えておいてほしい。
文芸書では、男性作家が女性読者から熱烈なファンレターをもらうことがあるようだ。
ビジネス書作家ではあまり聞かない話なので、うらやましい限りである。それでも、自己啓発本の作家では、女性ファンが多い人もいるらしい。ひょっとすると、わたしが知らないのは、作家が黙っているだけなのかもしれない。
作家の女性ファンにまつわる話で、わたしが直接聞いたのは次の2件だ。
サクセスもの(成功した起業家の本)では、過去に2人の起業家から女性読者のファンレターがきたと、うれしそうに報告をもらったことがある。起業家は概して若く、成功者というところに魅かれるのか、女性ファンがつくこともあるらしい。
そのうちのひとりは、女性ファンたちのリクエストに応え、何人かと定期的に会っていた。起業家はすでに既婚者だったが、本人いわく「妻には分かりっこない」と安心していた。無論、わたしにまで触れ回っていたくらいだから、彼の周囲で彼の女性ファンたちとの交流を知らない者はなく、当然、彼の妻の知るところとなった。
しかし、彼は妻に問い詰められる直前まで、妻にだけは知られてないものと信じていたという。
個人的には脇の甘いところのある男だったが、会社は順調に成長し上場した。
もうひとりは、熱心な女性ファンのひとりとほぼ毎日のように会っており、彼女に聞かれるままにビジネスのノウハウを語り、人脈も紹介していた。そんな師匠と内弟子のような関係はしばらく続いたが、ある日を境にぱったりと女性からの音信が途絶えてしまった。
LINEなどまだ影も形もなく、携帯さえまだ十分普及していない時代である。
起業家は、そういうこともあるかと、別に気も留めずにいた。
数年後、女性はとあるファンドから10億円ほど出資を受け、全国にチェーンを展開するビジネスをはじめた。
業種こそ異なっていたが、基本的なシステムは起業家のところといっしょだった。出資者の中には、彼の知っている名前もあった。
いずれも女性のほうが一枚上手だったという話である。
私は、まれに編集協力者、企画構成者として本の奥付に小さく名前を出すことがある。たまたまその本が売れると、あちこちから「見たよ」と連絡が入る。10年以上会っていなかった人からも連絡をもらったりして、それはそれで懐かしくありがたい。
また、作家でも学生時代の友人から連絡が入り、作家は学生時代までずっと東北だったが、東京近郊にいる学友が集まり、臨時の同窓会ができたと教えてくれた人もいた。
そんな功罪共にあるビジネス書出版だが、平均すればまっとうな読者からの仕事のオファーのほうがずっと多い。
自身のURLやメールアドレスを本に載せるかどうかと迷ったら、とりあえず載せたほうがよいと思う。ただし、招かれざる客が来ることも承知したうえという前提でだ。
著書は金屏風、クライアントのところへ行ったとき、著作を見せたらそれまで「さん付け」だった相手の社長が、急に「先生」と呼ぶようになったという話を前回紹介した。
これに近い話がもっとあるかと、すこし広めに再度ヒアリングしたところ、次のことがわかった。「さん付け」が「先生」に変わるのは、著作1冊のときは5割の確率だが、著作が2冊超になると8割に跳ね上がる。
そこで、クライアント側にいる懇意の経営者にも聞いてみた。
本があるとないとでは、そんなに違うのか。
クライアントからすれば、初対面のときはまだ実力はわからないため、本を出している「○○先生」というのは大きいそうだ。それも、やはり1冊よりも2冊以上のほうが信頼性は高まるという。
また、本をもらうと必ずアマゾンで調べるそうだ。そのとき、著書が他に何冊もあるとすこし感動するらしい。
私は、長く作り手の側にいるが、本にそんな効果があるとは知らなかった。
著者は8掛けかそれ以下で(どうもそうでないところもあるらしい。私は知らないが……)で自分の本を買える。
ビジネス書の作家には、自分で自分の本を買って関係先に配る人もいる。作家が自分の本を買って配るというのは、何か物悲しい気がするが、その効果は意外に大きい。
本をもらった社長が、社員に読ませようとまとめ買いしてくれることもあるし、そこから会社の研修やコンサルティングに発展することもあるようだ。
こういうことは、文芸書ではまずあり得ないだろう。
著書の効果は、販売部数と乗数的に比例する。本が出たら、書店で売れることを期待してじっと待っているのもよいが、恥ずかしがらず自ら部数を伸ばす努力をすることで、別の効果が出るのもビジネス書の特徴だ。
次回に続く