先ほど述べた『あの日』(小保方晴子著 講談社)は上製本である。作家の中には「自分の本は上製本にしてほしい」という人がいる。概してオールドタイプの作家に多い。本には上製(ハードカバー)と並製(ソフトカバー)がある。これは単に表紙の紙の厚さと硬さの違いに過ぎないのだが、世間の人たちは、上製本のほうがクラシックで高級なものと見ている。
上製本は高級な本だから、高価でも仕方がないという認識である。「小保方さんの本は、上製本だから高いのね」といっていた人もいた。
しかし、原価としては上製本と並製本は、表紙の紙の材料費が違うくらいで、その他についてあまり変わりはない。その差は1冊あたり数10円程度であろう。上製本の定価が高いのは、制作費が高いからではなく、高い定価をつけたいから上製本にしているというほうが現実に近い。
もうひとつ、販売戦略全体からいえば、作品や作家の権威をアピールするために、上製本という高級感のある装丁を選んでいるのだ。そもそも上製本とは、本を長持ちさせるための造本技術である。表紙を厚く丈夫にしたのも、本体を太い糸でかがった(現在では並製本と同様、接着剤で固めている)のも、100年読み継がれるための工夫だった。
つまり、上製本にするとうことは、その作品が100年読み継がれるような名作であるというメッセージでもある。
作家としては、自分の作品を名作として扱われることは、気分の悪いことではないだろう。しかし、それはいわば「この本は名作です」と自らアピールしているようなものである。本来、その作品を名作かどうか決めるのは、読者であって作家や出版社ではない。いかなる装丁であれ、読者に支持される本はよい本である。
作家自身は、あまり上製、並製にこだわる必要はないように思う。