これまで、ビジネス書作家になるためにはどうするかを中心に述べてきたが、すこし視点を変えて、ここから「ビジネス書を出したらどうなるのか」をテーマに、本を出した後について書くことにする。
作家にとって出版は手段であるから、本を出す目的は他にある。
ビジネス書や実用書の作家は、たいてい別の仕事を持っている。ほとんどはそっちの仕事のほうが本業だ。
かたやビジネス書作家には、経営コンサルタント、経営評論家、セミナー講師、それに税理士、会計士、社労士、弁護士など士業の人々、さらに企業経営者もいる。
これらの作家たちの目指すところは、本が売れて印税が入ることよりも、本が自分の仕事の役に立ってくれること、つまり本を読んだ人から仕事の依頼がくることである。
作家自身のWebサイトのURLやメールアドレスを本の奥付などに記載しているのをたまに見るが、無論それは読者からのオファーを期待してのことだ。
では、本当に本を出すことで仕事の役に立つのだろうか。
ビジネス書に限っていえば、役に立つ。これが結論だ。
これまでに、本は出たが仕事には結びつかなかった、と申告してきた人はひとりもいない。暴露本やネガキャンの本は、やったことがないのでわからないが、普通のビジネス書であれば、程度の差はあるものの、何らかの形で仕事につながっているようだ。
この連載を執筆するにあたって、本を出してどんな効果があったかを改めて周りにいるビジネス書作家の何人かに聞いてみた。
ある作家が企業と打ち合せをしていたとき、話が一段落した後、「実はこういう本を出していまして」と、先方に贈呈すべく2冊ほど著作を見せたとたんに、いままで作家のことを○○さんと「さん付け」で呼んでいた相手が、突然、「先生」に変わったという話は面白かった。
コンサルタントや士業にとって、本は一種の「金屏風」なのである。
ヒアリングの結果、著作の効果として、圧倒的に多かったのはセミナー講師のオファーだった。
主催者は自治体、業界団体、金融機関、セミナー団体、コンサルタント会社などである。
次に企業からのコンサルティングのオファー、そして出版社からの次回作のオファーと続いた。
サンプリングの数は少なかったが、わたしの経験からいっても、セミナー講師の依頼が一番多いというのは間違いないと思う。
ただし、オファーの件数は本の売れ行きによって大きく変わってくる。
あまり精度の高いデータはないのだが、これもわたしの経験と勘で申し上げると、だいたい次のとおりになる。
発行部数5千部 … オファー件数5件~10件
発行部数1万部 … オファー件数20件~50件
発行部数5万部以上 … オファー件数100件~
部数に対するオファー件数にバラツキがあるのは、著書のテーマがセミナーになりやすいテーマか、なりにくいテーマかの差だと思われる。
いずれにせよオファーの数は、部数が伸びるにしたがって乗数的に伸びていく。
それで、結局1冊の本でいくら稼いだかという、品のないことも気にはなるところだ。私がこれまで聞いた中では最高は1億円である。この人物の印税は200万円ほどだった。
作家の本業につながるオファーは、連絡が出版社にあってもきちんと作家に通じる。
一方、怪しげな人から作家に連絡をとりたいと言ってくるときもあるので、出版社はみだりに作家の連絡先は教えない。
しかし、本の奥付や略歴の下に作家の連絡先が記されている場合は、そういった招かれざる読者からもいろいろなオファーがやってくる。
オファーには歓迎できるものと迷惑なものがあるのだ。ただし、全体で見れば迷惑なオファーの数は少ない。
迷惑なオファーには、いかにも胡散臭いもの、怪しいものがある。そんなオファーの話は山ほどあるが、ここではそのいくつかを紹介するにとどめたい。
迷惑オファーは、だいたい投資話や怪しいビジネスへの誘いが多い。なかには正体不明の政治家秘書と称する人から、ぜひあなたをサポートしたいという熱烈なメッセージを毛筆の手紙でもらった作家もいた。
大阪に住んでいるある作家のところには、ぜひ自分のビジネスに協力して欲しいと運転手付きのベントレーでやってきた紳士がいたそうである。
商品説明会を帝国ホテルで開催するからきてくれというので、東京まで出かけ、紳士が事務所を構える建物の玄関から事務所のドアまで、3回暗証番号を入力しなければたどり着けない赤坂の高級マンションにも足を運んだそうである。
結局、ベントレー紳士の話は遠慮したのだが、それから数年後、海外へ違法にコンテンツを配信するビジネスで捕まったという報道で、再びベントレー紳士の名前を見ることになった。
本はいいお客も運んでくるが、怪しい客も運び込む。これもまた出版なのである。
次回に続く