何を言っているのか、それが感心できるものか、納得できるものなのかの判断は、ある程度の分量を読んでみないことには不可能である。だが、本を全部読んでから買うという人は、ほとんどいない。そこで大事になるのが、本のタイトル、目次、前書きなどとなる。読者が本を購入するときの基本動作は、概ねこの3つの確認のはずだ。これに本文の一部を拾い読みして、購入するか否かの判断が決定される。
もし、気に入れば本を携えてレジへと向かい、いまひとつその気にならなければ書店の棚に戻すという具合だ。読者が本を選ぶプロセスで重要なのは、「だれが」だけではなく、「何を言っているか」だけでもない。「だれが何を言っているのか」が、やはり最も大事なことなのである。
「だれが」と「何を言っているのか」が、並び立っていることが望ましい形だ。つまり、会社の会議で言えば、社長が何を言ったからこそ、社員は最も関心を寄せるのである。ゆえに社長の発言は、慎重かつ計算されたものでなくてはならない。トップが思い付きで発言すると、往々にして組織に要らざる動揺をもたらすということは、多くのビジネスパーソンが体験しているところである。読者にとっても、「だれが何を言っているのか」は本を選ぶうえで最重要なことだ。
読者の心を動かすには、よいことが書いてあるというだけではダメだ。どんなによいことが書かれていても、それが借り物では読者の心には響かない。借り物でない、本物であることを示すには、作家がなぜそのような意見に至ったのか、作家自身の来し方、氏素性が述べられていることが重要だ。それは、作家の略歴だけの情報では不十分である。
本文、前書きに作家の「顔」が頻繁に現れることで、読者は作家の意見に根拠を見出すことができる。どのような経験からそう考えるようになったのか、どういう体験をしてひとつのノウハウを得ることになったのか、それが作家の「顔」が見えるということである。作家の顔は表紙の袖や奥付にあるのではなく、本文中の随所に現れていなければいけない。
本のタイトルや目次がよくできていれば、そこから何が書かれている本なのかをうかがい知ることはできる。しかし、それだけで本を買おうとする人はそれほど多くはない。ビジネス書や実用書は、概して価格が高めである。ある程度の価格の本ということになれば、読者はもうすこし本当に自分に必要な本か、納得できる中身のあるものかを吟味しようとする。
そういう読者の見立てに、強く影響するのは、言っていることのよさに加え、言うべき人が言っているかどうである。こういう考え方の人が言っていることなら信用できるのではないか、こういう経験のある人の言うことなら自分にもできるのではないか、という作家に対する信用と信頼である。読者の信用と信頼を勝ち取るためには、作家自身の考え方や経験が、いろいろな場所で登場することが必要だ。
タイトルや目次からは、どういうことが書かれている本かがわかることに加え、どういう人が書いた本かがわかる本。それが読者に選ばれる本だと、わたしは考えている。そこで、冒頭に紹介した『SHOE DOG』である。この本は最初から最後まで、本を書いたフィル・ナイトの体験が書かれている。作家の「顔」がすべてのページに出てくるのだ。成功のノウハウや考え方は、作家の体験とともに記されている。それはノウハウや考え方に説得力を持たせるための、最もシンプルで効果的な手法でもある。
つまり、読者をつかむ本というのは、本文中に「だれが」という作家の属性と、「何をどうする」という方法論が、しっかりと両立している本である。作家の「顔」が見えることは、小説よりも、むしろビジネス書、実用書でこそより重要で効果的となるのだ。
次回に続く