ビジネス書業界の裏話

作家の「顔」が見える本が売れる理由

2017.11.09 公式 ビジネス書業界の裏話 第43回
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「何を」言ったかより、「だれが」言ったか

『SHOE DOG』(フィル・ナイト著 東洋経済新報社)が話題になっている。本書は「ナイキ」の創業者の自伝的ビジネス論である。「ナイキ」のスニーカーといえば、一時、盗難騒ぎが多発するほど人気の高い品だった。その「ナイキ」の創業者が、世界ブランドを作り上げるまでの物語が『SHOE DOG』である。

今回のテーマは『SHOE DOG』と直接関係はない。しかし、全く関係がないわけでもない。この本は、フィル・ナイトの半生がビジネスの成功プロセス(または失敗プロセス)とともに語られている。いわば、フィル・ナイトだから書けた本であって、第三者が取材で作る本とでは、仮に両者がまったく同じことを言っていたとしても、説得力には天と地ほどの差がある。本にとって、または言葉を換えれば読者にとって、書いた作家が「だれ」であるかは大事な要素だ。

一般に、ビジネスの会議では「だれが言ったか」よりも、「何を言ったか」のほうが重要だといわれている。しかし現実には、多くの会社でより重視されているのは、「何を言ったか」よりも「だれが言ったか」だ。社内の会議で、社長の言ったことよりも、課長の発言のほうにみんなの関心が集まるという会社は少ない。というか、ほぼない。

課長が非常によいことを言い、社長の発言に中味がなかったとしても、社長の発言のほうにみんなが関心を払うのが組織の常である。つまり話の中味よりも、発言者の属性のほうが重要なのだ。もし、社長の中味のない発言よりも、課長の言った有意義な意見のほうに社員みんなが関心を寄せる会社があったとすれば、相当に社員の会議クオリティの高い健全な組織の会社か、秩序が崩壊寸前の混乱した会社かのいずれかであろう。

出版界でも主流となっている「だれが」頼み

「だれが言ったか」と「何を言ったか」とでは、どちらが重要なのだろうか。結論を言えば、こと書籍においては、両方とも大事である。むしろ両者がそろっていること、すなわち「だれが何を言っているか」が最も重要なのである。出版界では、作家がビッグネームなら読者の注目を集めやすい。そのため、出版社は「だれが」ばかりに固執する傾向がある。同じ作家の本ばかりが書店にあふれるのは、こうした背景からだ。

近年の出版界は、何を言っているかよりも、だれが言っているかにしか、関心が向いていないようにさえ見える。では、そうしたビッグネーム作家の本は、首尾よく目論見どおりの成果を上げているのだろうか。どうも、そう上手くは行っていないようだ。読者はビッグネーム作家の本に注目はするが、実際に手に取って読むかとなると、著者のネームだけでは決め手に欠く。やはり、何を言っているのか物を言うのだ。

有名な偉い人が書いた本なら、きっと何かすごいことが書いてあるに違いないという本の読み方はある。有名な偉い人が書いた本の読まれ方は、これであろう。これはこれで、昔ながらのひとつの本の読まれ方である。権威のある人が書いた、権威ある本の読まれ方だ。だが一方で、有名ではない作家の書いた本も読まれる。新人作家、すなわち有名ではない作家の本であっても、ベストセラーになるくらい多くの人に読まれることは珍しくない。むしろ、デビュー作が結局一番売れたという作家は、私の周囲には多いくらいだ。これは「だれが書いた」だけでなく、本は「何を書いた」も、やはり重要であるという証左である。

読者は、本に書かれた中味がよければ納得する。たとえビジネス書や実用書であっても、書いてあることがよければ、時に納得を飛び越えて感動をもたらすことさえある。しかし、どんなによいことが書いてあっても、本は読んでみなければ、そのよさはわからない。絵や写真であれば、一目でよし悪し、あるいは好みか、好みじゃないかがはっきりわかる。だが、文章中心の本で、一目でわかるのはせいぜいタイトルくらいのものだ。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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