仮にこのまま電子書籍が普及したとしても、私はそれが、そのまま紙の出版物の消滅を意味するとは思っていない。紙の出版物は、それはそれで縮小しながらも、しばらくは生き続けるだろう。音楽ではデジタル化でレコードがCDに代わっても、レコード会社はCDをつくり、レコード店はCD店になっただけだ。しかし電子書籍の場合には、書店にダイレクトに影響が出る。出版業界の規模はレコード業界の何倍も大きい。
出版界は1兆円というささやかな規模の業界ではあるが、とはいえ印刷から流通まで含めると、にわかに消滅してよい市場ではない。それに出版社のほうでも、電子化に対応できている会社はそうは多くはない。出版社の半分くらいは紙でしかやっていけないところがある。読者の中にも、なじみの深い紙のほうを選ぶ人がいるはずだ。したがって、現在は紙が9で電子が1くらいの割合だが、その割合が逆転してからでも、しばらくは電子と紙は併存するだろう。さて、こういう状況は作家にとって有利なのか、それとも不利なのか。
結論から言えば、有利と不利は拮抗(きっこう)しつつ、作家にとってはやや有利な状況となるだろう。なぜなら、まず電子化によって作家デビューのハードルが低くなる。紙の出版には印刷費というコスト、在庫、返品というリスクがあるが、電子化すればそれらのコスト・リスクはなくなる。出版した本はサイバー空間の中でほぼ永久的に残り、返品されることはない。出版社は書籍一点当たりのコストもリスクも下がるし、どれだけたくさんの点数を発行しても在庫負担がないので発行点数を抑える必要がない。
リスクが小さくなって発行点数が増えれば、おのずと新人作家のデビューのチャンスは大きくなるだろう。企画を提案して断られることも、少なからず減るはずだ。しかし、発行点数が増えても読者が増えるわけではない。読者の数が変わらなければ、売れる本、すなわちヒットする本の数も変わらないことになる。出版社としてはリスクが減った分、発行点数は増やすだろう。そんな中で、売れる本には力もお金もかけるが、それ以外は成り行き任せという販売行動はこれまでと同じだろう。その結果、サイバー空間には大量の本が漂流することになる。
コンサルタントや士業の人にとって、出版とは戦略的位置づけのひとつにある。以前に紹介した知り合いのコンサルタントの話だが、彼は初めての会社に行くときには、過去に出版した自分の本を持っていく。初対面で彼のことを「Tさん」と呼んでいた相手は、彼が「私の本です」と机の上に、1冊、2冊と自分の著書を出すたびに顔色が変わり、挙げ句「T先生」と呼ぶようになるそうだ。確かに、本にはそういうブランディングをもたらすパワーがある。果たして電子書籍に、こうしたパワーがあるかとなると未知数だ。恐らく現状の電子書籍にはないだろう。紙の本には本棚を飾るというインテリア効果もあるが、電子書籍は持っていても飾りにはならない。見た目のパワーは紙の本のほうが強い。
対して電子書籍とは、純粋に読むための媒体である。それでも、電子書籍がメインストリームになるに従い、さまざまな事情は変わってくるだろう。また、紙の本が電子書籍に劣ったとしても、ブランディング効果は依然として残るはずだ。だからといって、現在ほどの付加価値があるか否かはわからない。ただし、この先本というものが全体としてのブランディング効果が下がったとしても、その中で作家が自分のブランドを高める方法はある。それは電子書籍としてヒット作になればよいのだ。ヒットすれば自ずと注目度は高まる。
ヒット作が出る確率は出版点数に比例する。運よく1作目がヒットする人もいるが、そういうラッキーな人は稀だ。ヒット作を出すための秘訣はある。ヒット作が出るまで出版し続けることだ。数打てば当たるというわけではないが、数多く打てば当たる確率は高くなる。そういう点では、出版のハードルが低くなる電子化は、作家にとって有利といえよう。結果は保証されないまでも、チャンスは増えるのである。
とはいえ、出版のハードルが下がるということは、競合相手も増えるということだ。数多い類書の中から選ばれるためには、工夫も必要である。読者は最初の3秒で読み進めるか、やめるかを決める。3秒で読めるのはタイトルか見出しだ。タイトル、見出しの技術は今以上に重要になるだろう。キャッチーなタイトル、見出しをつけたとして、次に課題となるのが最初の数ページである。ここでは読みはじめて1分で勝負が決まる。1分以内に読者の興味関心をつかめなければ、読者は次に読み進めてはくれない。
タイトルから読み進めても長くて3分、この短い時間で読者に「この本は自分のために書かれた本だ」と思ってもらえれば、本としては成功である。これは実は電子だけのことではなく、紙の本でも同じことだ。
次回に続く