ところが、とりあえず乗ってみるという原則を守って一歩進んだとしても、次なる隘路が待っている。乗り越えるべき壁はまだ続くのだ。それは「飽きる」という壁である。準備が十分であっても、十分でなくても、1冊の本を仕上げるというのは思っているより面倒で手間のかかる作業だ。作家の仕事の大半は原稿を書くことだが、書き慣れない人にとっては100枚の原稿を書くことは大変な重労働である。しかも、ただ書けばよいというものではない。読者は素人であることが基本なので、素人にわかるように構成を考え、素人にもわかるような表現で書かなければならない。この段階で挫折する人は意外に多い。
たとえ準備をしていたとしても、思ったとおりには進まないものだ。しかも、ビジネス書の作家の場合は他にも大事な仕事がある。だいたい原稿執筆以外の仕事のほうが本業であることが多い。そうすると、原稿ばかりを書いているわけにはいかなくなる。
原稿執筆は最初の数10ページが勝負である。最初の数10ページを書いて、その後が進まないために挫折する人はそう多くない。挫折する人のほとんどは、最初の数10ページが書けないままギブアップしてしまうのだ。その理由は、準備はしていたが、いざ文字にするとなると、どこから書けばよいかわからなくなる。あるいは、どういう表現が適切か迷っているうちに本を書くという動機が薄れてしまう。原稿執筆に取り掛かる時間がとれず、そのうちに出版自体をあきらめてしまうなど、さまざまだ。
原稿が書けない、原稿を書く時間がないというのは「飽きる」こととは違うように見える。しかし、実際には飽きているのだ。原稿執筆で挫折する人は、原稿の構成を考えること、原稿の表現を考えることに飽きてしまって断念するのである。だから、最初の数10ページが書けないのだ。多くの場合、出版に挫折する時、真実は時間がなくてあきらめるのではなく、考えること(悩むことと言ってもよい)に飽きて投げ出すのである。
逆に考えることに飽きず書き続ければ、必ず本は仕上がる。編集者は意外なほど作家の原稿は待つ。私の知る限りでは、企画から3年、作家の原稿を待って本にした出版社もある。運や巡り合わせは人の力ではどうしようもないが、飽きずに続けるという作業は努力すればできることだ。
飽きずに続けることで大きく前進するのは原稿作成だけではない。作家の中にはブログ等で自ら発信している人も多い。人気のブログとなれば出版社がほっておかないが、目立たないながらもブログの更新を続けている人もいる。こうした飽くなきブログの更新も、また大きな力を発揮することがある。
近年、働き方について突然注目が集まった。人事やワークライフバランスというのは比較的よく見られるテーマだが、労務管理となると昔ながらの地味なジャンルで、そう目立った作家もいない。働き方改革が労務管理のノウハウにまで広がった時、作家探しは既刊本かネットで探すことになる。そういうとき労務管理をテーマにしたブログを続けていれば、出版社の目に止まる確率は高い。飽きないことは出版社との巡り合いにも、その力を発揮するのである。
3つ目の「勇気の不足」の勇気とは、作家自ら積極的に出版社の門を叩く勇気のことだ。言葉を換えれば「断られる勇気」を持つことである。ビジネス書の作家を志す人は、ある程度の社会的な実績とキャリアがある。それに応じてプライドも高い。そのため概して出版は出版社のほうから頭を下げて、作家にお願いに来るものだと考えている。自分から売り込みにいくことには、少なからぬ抵抗を持っているものだ。
実際、企画を提案してもなしのつぶてとか、あれこれ理由をつけて出版を断られることは多い。断られれば、人それぞれに程度の違いこそあれ、やはり傷つく。断られる勇気が持てず、せっかくの企画をお蔵入りにしてしまう人も少なくないはずだ。だが、門は叩いてみないことには開かれない。門を叩く勇気を持つことは、実はそんなに難しいことではないし、結果的に作家デビューを果たしているのは、ほんのわずかな巡り合わせのよい人か、圧倒的多数の門を叩き続けた人である。
断られて無力感を覚えることは私もしょっちゅうだが、出版は10社の門を叩いて1社が門を開いてくれれば、それでOK。20社の門を叩いて1社で本が出れば目的は果たされることになる。門を叩くことは、いささか勇気の要ることではあるが、達成率は高いのである。そして、極端な言い方をすれば、飽きずに門を叩き続ければ必ずどこかの門は開かれる。
「飽きない」「少し勇気を出す」。このふたつを継続すれば、多少の巡り合わせの悪さがあろうとも、作家デビューという目的は必ず達成できるはずである。
次回に続く