これまで第1回から第4回にわたって、どのようにすれば“負けグセ”のついたチームが組織として機能しはじめるか、また、同じ目標を共有するためにどうやってコミュニケーションを取っていくかなど、主にチームマネジメントに関して話をしてきました。
今回はもう少し具体的に、それぞれの選手に向けての指導や接し方で、何を心がけているのかという話をしたいと思います。
当たり前ではありますが、個々の選手は性格も体つきも、野球の資質もそれぞれです。得意不得意も違えば、天才肌なのか努力型なのかなど、本当に千差万別です。それはいかなる組織においても同じでしょう。
そういった多種多様な“個”に対しては、画一的な指導よりも、それぞれに合わせた指導法を考えること、あるいは選手自身に考えさせることが大切だと思います。
例えば、指導する側がよくやってしまうのが、「押し付け」です。つまり、自身の野球人生で得てきた経験則や考え方を、選手に押し付けてしまうことです。
これを避けるのは、実は簡単なようでいて非常に難しい。人は自然と、自分のやってきたことを押し付けてしまいがちですからね。しかも、多くの場合自分が押し付けていることに気がつかない。なぜなら、自分では、それが正しいやり方だと信じているからです。
私の場合、押し付けにならないよう、まずはそれぞれの選手に対して徹底的に聞き込みをしていきます。
どの選手もプロ野球選手になるくらいの、いわば日本でもトップクラスのアスリートですから、アマチュア時代から築き上げてきた練習法を持っているものです。それは何も技術的な練習方法だけではありません。どうやって緊張を解してリラックスしているか、モチベーションはどう上げるのかなど、メンタルコントロールも含めて、皆が独自の「やり方」を持っています。
ですから、まずはそれを丁寧に聞き出すことからはじめます。大切なのは、仮に引っかかることがあったとしても、それまでのその選手のやり方を否定してはいけないということです。
「今のフォームは誰に教わってきたのか」
「どんな練習をこれまでしてきたのか」
「スランプにはどうやって対処してきたか」
さまざまなことを聞いているうちに、その選手が今取り組んでいることが見えてきます。そうしたら今度は、「なるほど、そういう意識でプレーしているんだね。ちなみに、俺からはこう見えているよ」と、コーチの立場から見えている状態を伝える。そのうえではじめて、「こういうやり方もあるよ」といった風に選択肢を提示するんです。あくまでも提示してあげるだけです。
実践するかしないかは選手次第。選手が自分で選ぶことができる状況をつくってあげるというわけです。
そうなると、今度は選手が自分で考えます。これまでの練習法を、少しだけ変えてみようと思うかもしれません。思い切ってコーチが提示してくれたやり方に切り替えるかもしれないし、これまで通りを貫くかもしれません。
結局は試合に出てプレーするのは選手自身です。この世界は、自分の力で自分の力を高めていかないと生き残っていけない。ですから、こちらから全てを与えたり、メニューを強制的に消化させるのではなく、とにかく自分で考えて成長していってもらうこと。その部分を私は大切にしています。
というのも、私自身、選手時代は教えてもらったことにも増して、自分で試行錯誤して掴んだものの方が、はるかに価値があることを経験しました。
現役時代から、私はとにかく先輩にいろんなことを聞きに行くタイプでした。
「試合前の緊張感はどうやったら和らぐのか」
「開幕してなかなかヒットが出ないとき、どうしたらいいのか」
さまざまなことを聞きまくり、それを実際に自分に取り入れてみようとします。しかし、ただ教えられたとおりにやっても、なかなか結果に結びつかないということがたくさんありました。つまり、教えてくれたものを自分なりに噛み砕いて、自分に合う形になるよう試行錯誤し、少しずつ感覚を調整していくことが必要だったんです。
例えば、「緊張」といえば、こんな話があります。
レギュラーで試合に出続けていた頃の私は、本当に毎試合毎試合緊張していました。試合がはじまる30分前くらいになると、言いようのない緊張感にさいなまれるんです。当時は、「レギュラーで出ると、ずっとこの緊張感に耐えなきゃいけないのかなぁ」と、随分と弱気なところもありました。
あまりにも緊張するので、先輩たちに「緊張しないんですか?」と聞きに回ってみました。しかし古田さんほどの選手でも「いやいや、すごく緊張してるよ」ということでしたし、他の先輩選手もほとんどが「緊張にもじきに慣れるから大丈夫」の一点張り。
しかし当時の私は全然慣れなかったんですね。そこで、先輩たちの言葉をヒントにしつつ、緊張を和らげるために、自分でざさまざまな方法を試してみることにしました。
例えば、「この試合打てなかったら2軍に落ちる」と、逆に自分へ極限までプレッシャーをかけてみたり、試合のはじまる直前まで全く野球のことを考えなかったり。とにかくバットを振りまくってみたり、反対に全くバットを振らなかったり。あえて体調がよくない状態を作り出したりもしましたね。
そうやってさまざまな状態をわざとつくって、どの状態でなら一番メンタルが安定するかを模索したんです。本連載の第1回でお話しした通り、私はジンクスやゲンを担ぐことを全くしないタイプなので、さまざまなことにトライするのはほとんど抵抗がありませんでした。
そうこうしているうちに、次第に調子が悪いときでも自然と「あのときの体調が悪い状況に比べたら、調子が悪いくらい大した問題じゃない」と開き直れるようになり、そう思えたと同時に、緊張に慣れはじめていったんです。もちろんそれでも緊張がなくなることはないのですが、先輩たちの言う「慣れ」がなんとなく理解できた気はしました。
そんな風に、私の場合はさまざまなことを聞き、自分で模索し、自分のものにしていくことを現役時代から自然とやっていました。
現役のときに、とにかくひたすら練習をすることで成功してきたタイプのコーチは、選手にも同じことを求める傾向にあります。それがハマる選手はいいのですが、そうでない選手からするとストレスになりかねません。そういう私も、現役のときに自分で考えてやってきたので、選手にも自分で考えてもらうスタイルを求めています。結局は、自分のやってきたことしか伝えられないんです。
だから、まずは選手のやり方や考えを聞く、そしてそれについて別の角度からアドバイスをしたり、選択肢を提示する、そのうえで選手自らが選択できるような環境をつくってあげること。ここがポイントですね。
選手たちに練習メニューやセルフコントロール方法をアドバイスするうえで、監督やコーチが知っておかねばならないのは、選手のコンディションです。それによって、選手へ提示できる選択肢は大きく変わってきますからね。
ただこのあたりは、選手から直接聞き出すのがけっこう難しいものです。
野球の技術的なことに関しては選手は何でも素直に話してくれますが、体の調子やメンタルの部分というのはなかなか本音を話してくれません。「実はちょっと背中が痛い」とコーチや監督に正直に伝えてしまえば、それが原因で試合に使われなくなることだってありますから。ただ、監督からしてみると、選手の体や心の変化というものは、長いシーズンを戦ううえでは、不調や故障に繋がりかねない貴重な情報です。
そういった情報は、バッティングピッチャーやトレーナーなどの裏方さんが持っている可能性が高いです。例えば、選手たちもコーチと食事に行くことはなくても、裏方さんとはよく食事に行きます。そういうときにこそ本音は出るものです。ですから私は、ときにトレーナーさんたちに「あいつ、調子どう?」と聞くようにしています。もちろん、選手にとっては伝わって欲しくないことだったりしますから、大切にその情報を扱うことを約束します。
心や体の情報を掴んでおくと、例えば雨で試合が中止になったときは、思い切って練習をやめよう、という判断ができたり、点差が開いた試合はコンディションの調整のためにメンバーを変えたりすることもできます。
具体的な技術のことも、直接言えないような繊細なことも、全て貴重な情報です。それらをあらゆる角度から聞いて回る。そのうえでこそ、選手一人ひとりに合わせたアプローチができるのだと思います。
取材協力:高森勇旗