文章を箇条書きにすることができない場合には、あえて思い切って文を途中で切るという方法もあります。文例Eの本文を短く切った例が下記です。
<文例G あえて思い切って文を短く切ったメール>
件名 ムダな会議の代表例
ムダな会議としてよく見かけるのは、部門間の連絡会議を同じ議題なのに別々に何度も開いているケースです。
メール等で個々に伝達できることを全員が集めて行うこともムダといえます。
また、無用な会議資料を過剰に用意することも会議に関する大きなムダです。
ひとつの文がどんなに長くても、短く切り分けることは可能なのです。
文体の印象は使っている語彙によって概ね決まりますが、語彙には読者に向いたものと不向きなものがあると思います。昔は、年配者向けの文ではカタカナを多用するなとよくいわれました。いまでも、年配者に「私たちもアップデートしましょう」と言ったらほぼ通じないはずです。
年配者には格調を感じさせる語彙がフィットしますし、若い人に向かってはより平易で今日的な語彙を使うことが基本でしょう。相手に何らかの手間をかけてしまったとき、年配者には「余計なことで煩わせてしまいまして申し訳ございません」でも、若い人には見慣れない「煩わしい」という言葉を使うより、「余計なことでご面倒をおかけしすみませんでした」のほうが気持ちは伝わります。
過去のエピソードを語るときでも、読者の年代によって語り口は変わります。
<文例① 年配者が読むと想定されるときの文>
「責任はオレがとる。お前は現場でやるべきと思ったことを迷わずやれ」
当時、上司だった〇〇さんのこのひと言で私の心は重圧から解放され、同時に力強く鼓舞されました。
いまでも大変うれしかったことを鮮明に憶えています。
同じエピソードを若い人に向けて書くとこうなります。
<文例② 若い人が読むと想定されるときの文>
この大ピンチのとき、助けてくれたのは上司の〇〇さんでした。
〇〇さんの「責任はオレがとる。お前は現場でやるべきと思ったことを迷わずやれ」というひと言で、私の心はすーっと軽くなり、そしてもう少し頑張ろうと思いました。
そのときのことは、いまでもはっきり憶えています。
若い人に向かって語る文章の文体は、必ずしも格調高く流麗である必要はありません。むしろ、少々たどたどしいくらいの文章のほうが、読者は親近感を抱き、共感しやすくなることもあります。
<文例③ 年配者向けの格調重視の文体>
私は上司の責任のとり方を○○さんから学んだ。
大ピンチのときに自ら責任を引き受ける覚悟が、〇〇さんをして事態の矢面に立たせたのだろう。その覚悟こそ上司の責任感であると、私は部下を持つ身になったとき自身の戒めとした。
上記の文章を若い人向けに改めるとこうなります。
<文例④ 若い人向けの文体へ改変した文体>
○○さんは、大ピンチのときに自ら矢面に立って私たち部下を守ってくれました。
私は〇〇さんから、上司としての責任のとり方を教えていただいたと思っています。その教えが、私が部下を持つようになったときに生きたと思います。
よい文体に定型はありません。語るべきテーマと伝えるべき相手に、最もふさわしい文体がよい文体なのです。
次回に続く