よく「お客さまは神様」と言われ、「顧客満足」の大切さが説かれます。 もちろんこれは間違いではありません。しかし、私にとっては「お客さまより、従業員のほうが大切」です。 もちろん総称としての「お客様」は大切ですが、お客様一人と従業員一人とを比べたら、百万倍従業員が大切だと思っています。
私がザ・ボディショップの社長になってから、すぐに調査会社に従業員の満足度調査を依頼しました。驚いたことに、満足度は非常に低く、調査会社から「これほど満足度の低い会社は見た事がない」と言われたほどでした。 あらためて社内を見渡すと、それを裏づけるような場面が多くありました。年に二回開かれる店長会議の会場は、経費削減のために薄暗い貸会議室。そこに集まる店長たちの服装は、破れたGパンにサンダル履き。給料はほとんど増えないのに、責任だけが重くなる店長にはなりたくないという声…… 私が一番ショックを受けたのは、複数店舗を経営しているフランチャイズの会社では、最も成績の悪かったお店の店長が罰ゲームとして、店長会議に参加させられると聞いたときでした。
それではいけないと、私は「従業員の満足度を上げる」取り組みを始めました。店長会議の会場には浦安のディズニーランド横のホテルを選び、一流の接客サービスを体験してもらいながら、会議を行いました。さらにサプライズ・プレゼントとして、ディズニーランドのナイトチケットを配ったり、余興として役員たちがスマップに扮し、歌と踊りを披露する。店長たちが店長会議を楽しみにしてもらえるよう努力しました。 お店でもスタッフが休憩するバックルームの居心地をよくしたり、待遇改善にも取り組み、店長の給料を徐々に上げることにしました。
1年後、同じ満足度調査を依頼したところ、今度は「こんなに短期間に、従業員満足度が急上昇した会社は見たことがない」と、調査会社に驚かれました。 この結果、4年間で60億円に落ち込んでいた売り上げを140億円にまで増やすことができたのです。 一般的に社長は、売り上げや利益で評価されるものでしょうが、私は従業員の満足度が一番大切な指標だと思っていました。
よきリーダーになるためには、常に謙虚に学び続けることが大切です。まず、自社の果たすべき役割(ミッション)をしっかり理解し、進むべき方向をメンバーに指し示す必要があります。
自社の研究をしっかり行ったら、次は競合会社の研究です。勤続年数が長くなると「自社愛」が強くなり、自社のサービスや商品に対する過信を生みやすくなります。「ウチはどこよりも優れている」という思い込みです。
その結果、特に強いブランドの場合、競合会社を軽視するようになってしまうのです。
ザ・ボディショップの社長に就任した頃の話です。強めの香りの自然派化粧品を販売する「ラッシュ」が、日本でも店舗を拡大していました。ラッシュはザ・ボディショップの創業者、アニータ・ロディックと一緒に仕事をしていた技術開発者が独立してつくった会社です。コンセプトも似ているし、ザ・ボディショップの近くを狙って出店していました。紛れもない競合です。
私はお店回りをしたとき、できるだけ近隣の化粧品会社も訪問するようにしていました。もちろん「ラッシュ」も必ず訪問しており、その雰囲気の楽しさや積極的な接客にいつも感心していました。
私は社内会議で「ラッシュはとてもよい接客をしている。商品やネーミングも楽しそうだ。見習う点も多いのではないか」と発言しました。しかし、幹部や中間管理職は「ふふん」と鼻で笑うだけでした。「ラッシュなんて我々のライバルではない!」と顔に書いてありました。
私はなんとか説得して、ラッシュの売り上げや商品構成や価格を調べるようにしました。その結果、いろいろなことが分かりました。単価は、当社よりラッシュのほうが高かったのです。消費者のイメージでは、ラッシュのほうが安いと思われていました。一番ショックだったのは、競合店同士の売り上げで、立地のよくない「ラッシュ」に負けているお店がいくつかあったことでした。
このように競合店の実態を知るにつれてスタッフの中に危機感が芽生え、「ラッシュ」を意識するようになり、「負けないように頑張ろう」というムードに変わってきました。変なプライドや思い込みを捨て、謙虚にマーケットや競合を見る目が必要だということです。
(次回に続く)