私がはじめて社長になったアトラスという会社では、リーダーとして多くのことを学ぶことができました。当時、アトラスはプリクラのブームが過ぎ、3期連続の赤字で事業再生のまっただ中でした。社長としてやるべきことが山積みで、頭の中はいつも懸案事項でいっぱいでした。
そうしたある日、ビックリするような噂が社内に広まっていることを知りました。「トイレで見かけた岩田社長が、元気がなかった」というのです。私は、アトラスを再生させようと、気力は充実していました。ただ、考えごとをしながら用を足していただけなのに、社員の目には「元気がない」と映ってしまったようでした。
「そうか、人の上に立つリーダーは、いつも見られているんだ……」と痛感した出来事でした。
リーダーに元気がないと、メンバーは「会社が危ないのでは……」などと勝手に憶測をします。悪い噂が広まり、チーム全体の士気も奪うことになってしまいます。
この経験をして、リーダーは常に皆の前では、元気に前向きな姿を見せなくてはならないと思いました。リーダーは常に「何とかなる!」と楽観的な姿勢を見せることが大切だと感じたのです。「絶対にいけるぞ、大丈夫!」という気持ちをはっきり見せることが、チーム(会社)全体を元気にするのです。
しかし実際は、リーダーとして落ち込んだり、悩んだりすることも多々あります。ただ、無理をする必要はありません。リーダーは完璧でなければならない、と考えて虚勢を張ってみても、自分がつらくなるだけです。こっそり社員にわからないように会社を抜け出して、気分転換することも大切です。そしてときには信頼のおける部下に本音を吐き出し、「困った」「助けてほしい」と伝えることがあっても構わないと思います。そうすることが、かえってリーダーに対する共感を高め、「この人についていきたい」という気持ちにさせることもあるのです。
偉大なリーダーといえども、最初から完璧な人間などいません。努力し、学び続けることで、少しずつ人間として立派なリーダーに成長していくのです。しかし、自分がどれだけ人間的な成長ができたかを評価するのは、決して自分ではありません。あくまでも「周りの人からどう見られているか」です。
自分では意識していなくても、他の人の印象には強く残る場合があります。ザ・ボディショップ(株式会社インフォレスト)の社長時代、私は毎週欠かさずに、全社員に向けたマネジメントレターを書いていました。
そして、私がザ・ボディショップを卒業して何年も経ってから、たまたま地方出張でザ・ボディショップのお店に寄って、マネジャーに会う機会がありました。このとき、次のように言われてとても嬉しく思いました。
「岩田さんのマネジメントレターで、いつも最後に『ありがとうございました』という言葉があったのが、とても印象に残っています。いつも感動していました!」。
実のところ、私はそのことを当時はあまり意識していませんでした。いつもお店で頑張ってくれているスタッフの皆さんへ、感謝の気持ちを素直に伝えようと考えていただけでした。しかし彼女は、それをちゃんと読み取ってくれていたのです。
日々の挨拶をきちんとすること、感謝やお詫びの気持ちを素直に伝えることは、リーダーに限らず人間としての基本です。心から出た言葉は、必ず相手の心に届くのです。
人付き合いで一番大切なことは、相手に関心を持つことです。それはリーダーも同じです。リーダーはメンバーに絶えず関心をもち、よく観察をしていなければなりません。疲れた顔をしている、元気がない、何だか楽しそうにしている、元気に動き回っている、持ち物が変わった……。
そうしたメンバーの様子に気づいたら、適切な言葉を掛けてあげるのです。メンバーは「リーダーは自分に関心を持ってくれている」と感じるだけで、やる気が出るものです。ちょっとした声掛けでモチベーションが上がり、チーム全体のエネルギーも高まります。皆さんも、若い頃に部長や社長にひと声掛けてもらっただけで、「この会社のために頑張ろう」と思ったことがあるはずです。
逆に何よりもよくないことは、メンバーに無関心でいることです。リーダーの無関心は、メンバーにとって非常につらいことなのです。
マザー・テレサが「愛の反対は憎しみではなく無関心です」と言ったのは有名な話です。
よくいるのは、自分の上司にはとても関心を持つけれど、部下には関心を持たないリーダーです。こういう人がリーダーであった場合は、メンバーのモチベーションが下がるだけではなく、しだいにリーダーとのコミュニケーションを避けるようになり、必要な情報がリーダーの元に届かなくなります。
メンバーと気楽に会話し、信頼関係が構築されていれば、問題が発生してもリーダーの耳にいち早く情報が届くのです。
日産自動車に勤務していた時代から、私は総務の女性や受付の女性に仲よくしてもらっていました。朝、受付の前を通るときに「おはよう!」と挨拶をしたり、コピー室などで一緒になったとき、「元気?」などと必ず声を掛けていました。後に退職するとき、職場でもらった寄せ書きの中に、「岩田さんが掛けてくれた言葉に救われました」という言葉をいくつも見つけ、うれしく思ったことがあります。オフィス内での声掛けを習慣にしていれば、お酒の席での会話より、はるかに好感度はアップするものなのです。
(次回に続く)