トップの力 ジョンソン・エンド・ジョンソンで学んだ経営の極意
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非情な評価もフォローで有情

公正な評価とは、時に非情な裁定を下すこともある。貢献した人には褒美を、失敗した人には罰というのが信賞必罰の原則である。しかし、部下の心に火を点けるには、厳しい評価の中にも、愛情が含まれていることが大切である。信賞必罰といっても、目的は会社全体がゴール(理念)に近づくための成長と社員個人の成長であって、痛めつけることが目的ではない。

かつて私の部下に、営業成績がまったく振るわない、能力も意欲も低い男がいた。公正な評価の結果、私は彼を降格にした。降格によって彼の給料は下がり、同時に彼の担当する仕事の範囲、仕事の量も減った。部下がいなくなったので、部下をマネジメントする必要事もない。彼のワークロード(仕事の負担)は大きく減ったのである。その結果、彼の成績は以前よりもよくなった。

彼にとっては以前の立場は荷が重すぎたのである。無理な負担を背負っていたため、彼本来の長所を生かすことができていなかったのだ。降格は非情の措置だったが、彼のためにはそのほうが必ずよい結果になるという見通しが私にはあった。成績が上がったことで、彼は自信と意欲を取り戻した。好成績は賞与に反映させた。降格によって下がった彼の給料は、賞与の増額によって年収レベルでは以前に近い水準となったのだ。

心に火を点けた左遷

人には適性というものがある。その時は非情と見える降格であっても、時にはそれが本人のためになることもある。異動によって意欲が甦った部下もいた。やはり営業担当の社員であったが、まったく成績が振るわない、学習意欲も低いという男であった。しかし、営業担当の時から数字には強かった。コンピューターの知識もある。そこで私は彼を経理部に異動させることにした。

果たしてどういう結果になるか不安ではあったが、現状のまま沈んでいくよりは好転するかもしれない可能性に賭けたのである。営業では鳴かず飛ばずだったこの社員は、経理に異動したとたんに水を得た魚のように活躍した。経理から出てくる財務諸表の精度を上げ、将来の予測値まで出せるようにシステムを構築したのは彼の手柄である。彼はその後、経理部門の責任者に昇った。

人を評価するというのは、人を生かすことである。評価には適切なフォローがあって、はじめて人の心に火を点けることができる。部下の仕事に対する評価もフィードバックがあって、はじめて公正で適正な評価をしたことになるといえる。非情な人事であっても、部下を生かすことはできる。そのカギは、人の痛みを知ることだ。

人の痛みを知っているリーダーが下した決断であれば、部下はそこに隠れた「有情」をうかがい知るものである。自分のことを思いやる有情を感じれば、降格であっても、部下は絶望することがないし、意欲を失うこともない。チャンスがあれば、再びその心に火を点けることができるのだ。

トップは非情であっても無情であってはならない。では非情を無情にしないためにはどうすればよいのか。例を示せば、次のようになる。

・信賞必罰は徹底するが、部下が失敗しても再チャレンジのチャンスを与える
・部下の学ぶ機会、自己啓発の機会を手厚く支援する 
・部下の失敗は厳しく注意するが、部下を愛し、成長のためのアドバイスをする
・部下の弱みははっきり指摘するが、部下の弱みをカバーするチームもつくる

3Kで心の火力を上げよ

社員の心に火を点けるために、トップのできることはまだある。そのできることとは「3K」だ。3Kとは社員の心に火を点けるための3Kであり、社員満足の3Kでもある。

「X理論Y理論」で有名な経営学者のダグラス・マクレガーは、人が働く意欲は「条件が整えば整うほどより高くなる」と言っている。その条件とは、物理的な条件、経済的条件、精神的な条件である。これを私は環境、カネ、ココロの「3K」と唱えている。環境、カネ、ココロの頭文字をとって「3K」なのである。

第一のKである「環境」とは、作業環境やオフィス環境、福利厚生設備のなどの物理的な条件のことをいう。最近は地方に仕事場をおくテレワークを採用する企業も増え、立地の影響は相対的に小さくなってきているが、作業環境に関しては安全、安心、快適さがより求められるようになっている。安心、安全、快適は設備の豪華さとは関係ない。しかし、夏暑く冬寒い、IT環境が整っていない、社内でリラックスできるスペースがないなどという環境では、仕事が楽しければそれでよいというわけにはいかない。

第二のKは「カネ」である。報酬、給与などの経済的な条件のことだ。環境とカネは理想や目標を共有していれば、たいして重要ではないと思いがちだ。しかし、ことはそれほど単純ではない。「カネ」を軽んずることは誤りだ。「カネの効果」は長続きしないからである。給料を上げた効果は、翌月の給料日までには消滅している。給与は上がった瞬間はうれしいが、数週間でそれが当たり前となってしまうのだ。「環境」や「カネ」は、社員の不満足に対する「不満抑制要因」となるが、心に火を点ける力はそれほどないのである。

最後の第三のKは「ココロ」だ。やりがい、生きがい、誇り、職場の人間との信頼関係など、精神的な条件である。3Kのうちココロに火を点ける力が最も強いうえに持続性が高い。点火要因でもあり、火力増進要因でもある。人は所属する集団の仲間に認められ、集団に貢献することで、やりがい、生きがいを感じる。やりがい、生きがいは、カネ以上の魅力である。

3Kのうちで一番肝心なのは最後の「ココロ」である。しかし、他の2つのKを疎かにして心の火力は保てない。例えば、成果に対する報酬が適切でないとやる気は一瞬で失われてしまう。劣悪な作業環境を放置していても同様だ。3Kのどれが欠けても、正しい点火力にはつながらないのだ。トップは社員の心の炎の勢いを注視しつつ、3つのKをバランスよく行うことが大事なのである。

次回に続く

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プロフィール

新 将命
新 将命

株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役社長。
1936年東京生まれ。早稲田大学卒。シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスなどグローバル・エクセレント・カンパニー6社で社長職を3社、副社長職を1社経験。2003年から2011年7月まで住友商事株式会社のアドバイザリー・ボード・メンバー。2014年7月より株式会社ティーガイアの社外勤取締役を務める。
現在は長年の豊富な経験と実績をベースに、国内外で「リーダー人材育成」を使命に取り組んでいる、まさに「伝説の外資系トップ」と称される日本のビジネスリーダー。
代表的な著書に『他人力のリーダーシップ論』『仕事と人生を劇的に変える100の言葉』『経営者が絶対に「するべきこと」「してはいけないこと』(いずれもアルファポリス)などがある。

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