前回、経営者に求められるのは、人の心を動かす人間力と、優れた経営力であるということをお聞きしました。この点について何か補足がありましたらお願いいたします。
優れた経営者は例外なくグッド・コミュニケーターであるといいます。
日本人は伝統的に以心伝心の文化ですから、自分の考え方や思いはこちらから働きかけなくても自ずと相手には伝わるものと考えがちです。しかし、正しいコミュニケーションなしに正しく物事を伝えることは困難です。グッド・コミュニケーターであることが、経営者にとって必要条件なのはそのためです。
そして、グッド・コミュニケーターであるためにはスキルも大切ですが、それ以前に理解しておくべきことがあります。
それは、一人の力には限界があるため、社員を巻きこみ、みんなの力を結集するほうがはるかに大きな成果が得られるという原理原則です。経営者は“巻き込み作戦”を展開することにより、全員の力を最大限に発揮させて、最善の結果が出る方向へ導くことができなければなりません。
いかに有能であったとしても、ワンマン経営には限界があることを、経営者は肝に銘じておくべきです。
全員の力を結集するためには、社員一人ひとりの心に火を点けることが必要です。
経営学ではよく「組織の活性化」といいますが、組織を活性化させるとは社員の心の活力を高めることであり、すなわちリーダーである経営者が、社員一人ひとりの心に火を点けて回ることに他なりません。
どうすれば火が点くかは、この本の中でも触れていますのでここでは詳しく述べませんが、人間について深く学ぶことが第一でしょう。
「経営学とは人間学である」といわれるのは、人間理解があらゆる場面で重要になるからです。
「経営とは平凡な人に非凡な仕事をさせること」といわれる所以もそのあたりにあるのだと思います。
このインタビューは今回が最後になるのですが、現役の経営者と次世代を担う経営者を志す人たちに、何か有益なメッセージをお願いできないでしょうか。
では、2つお話ししましょう。
1はこれまでのまとめとして、経営の要諦といえるようなものです。
もう1つは、経営者にとって最も大事な資質、「よい運をつかむこと」についてです。
まずは、1つめからお話いたします。
この本の中でも口がすっぱくなるほど繰り返し、さらにこのインタビューでも重ねて言及したことですが、経営者にとって肝心要なことは、やはり経営の原理原則を理解し、それを実行に移すことです。
100人の経営者がいたとして、私の見るところでは、世の中には原理原則というものがあることをハナから理解していない人の割合が80%、理解はしていてもやっていない人の割合が15%、理解して、まあまあやっている人の割合は3%、そして理解して、怠りなくやり続けている人の割合はわずか2%といったところです。
理解していないのは論外ですが、理解だけしていてもダメ。貝原益軒(かいばら・えきけん)の言葉に「知って行わざるは知らざるに同じ」というものがありますが、知っていても実行が伴わないのは知らないのと同じです。
それは、たまに実行するだけでも同様で、肝心なのは継続することです。
つまり、原理原則を理解し、しかもやり続けている最後の2%の経営者が、長期的に伸びる経営者であるといえます。
現役の経営者と経営者を志す人たちには、この2%を目指してほしいと願って止みません。
その2%になるための手段が書かれているのが、今回の本ということですね。 では、2つめの「よい運をつかむこと」についておうかがいします。新さんというと実力と努力で実績を積み上げてきた方というイメージが強いので、そういった方に「運が大事」と言われると何か意外な気がするのですが、そのへんはいかがでしょうか。
成功するために最も重要な条件は「運」であるというのは、ほぼ半世紀に及ぶ私のビジネス経験から得た実感です。
経営の神様と言われる松下幸之助氏には、子会社の社長を選ぶ際に何人かの候補者の履歴書を見て、「この男にしなはれ。この男が一番運がええ」という理由で決めたという逸話があります。
経営者としての経営能力と人間力が十分に備わっていても、成功を収めるには運がないとダメなのです。経営者の成功とは会社の成長であり発展ですから、経営者の運がよいというのは、本人にとって貴重な「資質」であるとともに、会社にとってもかけがえのない「財産」なのです。
それならば、経営者として成功するかどうかは、生まれたときに決まってしまっているのかというと、そうではありません。
世の中の大半の人が誤解していますが、人間には、この世に生まれたときから決まっているという「宿命」とも言うべき天運と、自らの考え方と行動によって運んでくることのできる「運」の2つがあります。
日露戦争中、日本海海戦で連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破ったとき、第2艦隊の参謀として戦った佐藤鉄太郎中将は、戦後「どうしてあんなに勝ったのか?」という問いに対し、「六分どおり運でしょう」と答え、「では、後の四分は?」という問いに対しても「それも運でしょう」と答えたといわれています。
なぜ「100%運だった」と答えなかったかというと、最初の六分は天が定めた宿命である天運ですが、「残りの四分は人間の力で開いた運」。だから6:4に分けて答えたということです。
運は人間がマネージできる、したがって経営者は自分の運がよくなるように考え、言葉を選び、行動するべきなのです。
では、運をよくするには具体的にどのようにすればよいのですか?
運は、その気にさえなれば自分のところに引き寄せることも可能です。
では、どうすれば運を手繰り寄せてその手につかむことができるかということですが、私の経験から導き出した結論のうち主要な3つの原則を披露します。
「運マネージメント」の第1原則は、「自分は本来運がいい人間だ。幸運の星の下に生まれついているのだ」と強く思い、信じ続けることです。
「自分は運がいい、幸運の星の下に生まれている」と思い続けると運が向いてくる、これは経験的なことですが、そこには理由もあります。
自分は運がいいと信じている人は、自然と表情も明るくなり、態度や言葉も積極的、肯定的になるものです。そういう人のところには、人が好んで集まってきます。人が集まってくれば、その中には幸運の女神も紛れ込んでいることがあります。
「運マネージメント」の第2原則は、運のいい人と付き合い、その人からよい運気を分けてもらうことです。運のいい人というのは、単に成功しているというばかりではなく、経営者であれ、政治家であれ、科学者であれ、スポーツ選手であれ、会って話していると、例外なくこちらが元気をもらえる、充実感で一杯になるという内面のパワーを持っています。
そういう人と積極的に付き合うべきです。
お話の途中ですが、せっかく自分は運がいいと信じ、運のいい人から幸運をわけてもらっても、心得違いからそれらを失ってしまうようなことはありませんか?
本の中でも紹介していますが、英語には「成功の復讐(Revenge of Success)という箴言(しんげん)があります。そこそこ成功をおさめると、ほとんどの人は自分の実力を過信して「自分には経営者としての能力がある。現にこの会社をここまで育ててきた。もはや学ぶことはない」と思いがちです。
有頂天という言葉がありますが、もともとは仏教用語で欲界・色界・無色界の3段階の世界のうち、第2段階の色界の頂上のことを有頂天といいます。一番下の欲界を超え、第2段階の頂上に立っても、ここで修業を怠るとたちまち転落してしまうハザードが有頂天なのです。
有頂天になって成功に復讐されてしまっては、運にも見放されてしまいます。
せっかくつかんだ運を手放さないためには、どんなに成功しても必ず耳の痛いことを言ってくれる人、すなわち過信、慢心を戒めてくれる直言・苦言・諫言居士を常に身近に置くことが大切です。
「運マネージメント」の第3原則は、「学びと努力を継続する」ですが、これは運をつかんで成功するためだけでなく、成功してから運を手放さないための原則でもあります。
運を引き寄せ、手放さないためには、地道な努力の継続しかありません。
絶対に雨を降らせることができるという祈祷師の真実は、天候を支配できるのではなく、雨が降るまで祈りを止めないことにあるのです。
「これほどの努力を人は運と言い」というのは、往年の打撃王、川上哲治氏の言葉です。
ピーター・F・ドラッカーは「優れたビジネスリーダーに見られる最も共通した特徴は、日々の自己革新を怠らない人であるということだ」と言っています。
私の実感からも「よく伸びる人はよく学ぶ人である」と言えます。
人間の力で開ける運は全体の4割とはいえ、パレート法則に見られるように全体の2割が8割の結果を支配することもあります。
4割の運が開ければ、その影響で6割に天運が変わってくることもある。経営者は自分自身と会社のために、運をよくするための努力を惜しんではいけません。
なるほど。長時間にわたり、いろいろと示唆に富んだお話をありがとうございました。本の内容を超えたお話も飛び出し、大変貴重なインタビューになったと思います。