会社のレベルを決める原点には、経営者品質があるというのは興味深いお話ですね。
企業が株式会社であれば、そこには必ず株主に対する責任が生じます。投資家に対する配当と株価ですね。
しかし、株価を上げたうえで株主に適正な配当をするためには、会社がきちんと業績を上げていなければなりません。業績を上げるには、顧客満足が必要です。顧客満足を果たすためには自社の商品・サービス・技術を担う社員のレベルが高くなくてはなりません。社員のレベルを上げるには、その前に社員を導く社長のレベルが高くなくてはなりません。
私は社長のレベルのことを「経営者品質」、社員のレベルのことを「社員品質」と言っています。
いま言った流れを逆にたどれば、経営者品質が高ければ、時間とともに社員品質も高まる。社員品質が高まれば、商品・サービス・技術の品質も高まり、顧客満足度も高まる。顧客満足度が高まれば、業績が上がる。業績が上がれば、配当も上がるという流れになります。
原点に経営者品質があるというのは、この流れからわかるでしょう。
では、経営者品質を上げるにはどうすればよいでしょうか。
経営者は自分づくり、自分磨き、自分育てを心がけなければいけません。本の中でもこのテーマで章をひとつ設けています。
経営者品質を上げる方法はふたつあります。
ひとつは経験から学ぶこと、経営学は本から学べるが、経営力は修羅場を経験することでしか学べません。修羅場とは困難な仕事のことです。困難な仕事とはアカウンタビリティ、すなわち結果責任を伴う仕事であるとともに、新製品の開発や導入を手がけるとか、海外拠点をつくるとか、前例のない簡単には達成できない仕事に立ち向かうことを指します。
経営者を目指す人は、積極的に困難な仕事を経験するべきです。
もし、失敗してもその経験は必ず役に立ちます。
賢者は失敗から学び、愚者は失敗から何も学びません。失敗から学ぶことは、経営者品質を上げるのに大いに役立ちます。
学ぶ方法のもうひとつはメンターを持つこと、それも複数持つことです。
メンターとは日本語で言えば師となります。尊敬できて、知恵や勇気を与えてくれる、そして時間をつくって教えてくれる人、それがメンターです。
経営力は経験から得られますが、経験だけでは我流や自己流に陥ってしまう危険がある。そこに陥らないためには、人の意見や体験談を学ぶことも大事ですし、体系立てた経営論を聴くことも大事なことなのです。
日経新聞の「私の履歴書」に登場する人に共通することは、1つは何らかの分野の成功者であること、もうひとつは、皆さん若い頃にメンターに巡り会っているという2点があります。
できれば3人のメンターがいれば人生はバラ色になります。
もし、残念ながら3人のメンターに巡り会えなければ、ブックメンターという方法もあります。ブックメンターとは書物、または書物に書かれた人物を師とすることです。
日本語では座右の書ですね。
私は幸い3人のメンターに恵まれましたが、ブックメンターも持っていました。
デール・カーネギーの著書から人は間関係を学び、安岡正篤氏の著書からは人間力を身に付ける方法を学び、伊藤肇氏の著書からはリーダーの帝王学を学びました。いまでもこの3人の著書は手元に置いています。
読者にとって、今回の私の著書がブックメンターの一冊となれば望外の喜びですね。
このへんでバランスについてもお伺いしたいと思います。なぜ経営にバランスが必要なのか、改めてお聞かせください。
人の身体でも健康であるということは、心身のバランスがとれている状態です。
企業経営でもバランスが大事なのはいうまでもないですが、経営者はより積極的な意味でバランスを捉える必要があります。
世の中には、何かを得るには何かを犠牲にするという考え方があります。これを英語ではトレード・オフといいます。「あちら立てればこちらが立たず」ということです。
一般に品質が高ければコストも高く価格も高い、価格を下げようとコストを下げれば、品質を犠牲にすることになります。どちらを採るか、二者択一が常識的な判断ですが、優れた経営者はそうは考えません。
こういうとき、どうすれば両立ができるかと考えるのが優れた経営者です。
トレード・オフに対し、あちらもこちらも立てることを私はトレード・オンと言っています。
コストが安く品質も高いというのは、できっこないことのように見えますが、誰もができることをやっていて、他社との競争に勝ち残ることなどできるはずがありません。
最小のコストと最大の品質の両立という極めて難しいバランスをとるのが、経営者が身に付けるべきバランス感覚です。経営者には、日常的な常識を超えたバランス感覚も必要なのです。
顧客満足と利益のバランスについてもお考えをお聞かせください。
顧客満足とは、我が社の商品・サービスを購入したお客さまが、商品・サービスに対するバリュー・フォー・マネーが購入前に抱いていた期待通りであると感じる状態です。私はこの状態を(事前期待=事後評価)としています。顧客満足とはこの状態のことです。
しかし、顧客満足でとどまっては生き残る会社になることはできても、勝ち残る会社にはなれません。
勝ち残るためには、お客さまの事後評価が購入前の期待を上回る状態、すなわち(事前期待<事後評価)の状態を目指す必要があります。
私は(事前期待<事後評価)の状態を顧客感動と言っています。
バランスとは、必ずしもフィフティフィフティではないということもバランス感覚で大事なことです。
経営者や経営者を目指す人は、顧客満足に甘んじることなく顧客感動を追求すべきです。
では、いかなる場合でもとことん顧客感動を追求すべきかというと、基本はまさにその通りなのですが、ときにお客さまの要求であっても断らなければいけない場合があります。
それは次の3つです。
我が社には到底できない仕事を引き受けることは、結果としてお客さまにウソをつくことになりますから、これはていねいにお断りすべきです。
社会的、道徳的に問題のある仕事は、必ず後に禍根を残しますからきっぱりと断るべきです。
日本語にあって英語にない表現の一つが、「損して得とれ」ですが、今は儲からなくても、今その仕事をすることで将来の利益につながるのであれば引き受ける手もあります。しかし、将来にも期待できない儲からない仕事はお断りすべきです。
お客さまは神さまですとはいうものの、このような要求を突きつけるお客さまは、神は神でも貧乏神であるといえます。
企業の不祥事の背景には、断るべきことと引き受けるべきことのバランスがわかっていなかったということがあるのでしょうか。
最近の企業不祥事には、取引先の過度の要求に応えようと無理をした結果というケースもあるようです。お客さまが言うことであっても断るべきことがあるのだ、というのも大事なバランス感覚です。
もうひとつ顧客満足で大事なことがあります。
顧客満足はすべてに優先するように考えがちですが、社員満足のない会社に顧客満足はあり得ないということも忘れてはいけないことです。商品・サービスの品質を直接担うのは社員です。その社員が無理を重ねて疲労困憊していたり、職場で不満タラタラでは顧客満足などできるはずがありません。それこそ事故の元です。
内と外への働きかけ、これも経営者が押さえておく大事なバランス感覚です。
経営者自身の行動で日常的に意識すべきバランスは何でしょうか。
あえてひとつだけ挙げるとすれば、仕事力と人間力のバランスですね。
経営者とはリーダーです。リーダーとは導く人です。導く人の条件のひとつは、フォロワー、つまり後に付いてくる人がいることです。
部下は与えられるものだが、フォロワーは勝ち取るものであるという言葉もあります。振り向いたら誰もいなかったではリーダー失格。では人はどういう人に付いて行くのか。
「人は論理によって説得され、感情によって動く」といわれます。人財の条件は高い仕事力と人間力ですが、リーダーである経営者にとって、より重要なのは仕事ができるというスキル力より人間力です。あの人の言うことなら、あの人のためなら、という理屈を超越した人間力がリーダーには求められるのです。
経営者は仕事ができて当たり前、それ以上に人間力が大事というのは、古今東西、全世界に共通するリーダーに必要なバランス感覚なのです。
以下、後編に続く。