新さんはこれまでたくさんの書籍を出してこられました。今回の書籍がこれまでのものともっとも違うところを教えてください。
そうですね。私はこれまで多くの本を書いてきましたが、そのほとんどは経営者がやるべきことについてでした。今回はこの本で、はじめて経営者が「してはいけないこと」について書きました。この点がこれまでの本と大きく違うところです。
では、なぜ「してはいけないこと」について書くことにしたのか、すこし長くなりますがその理由をお話ししましょう。
経営には「ザ・正解」と言えるような、どんな状況であっても、誰がやっても「正しい答え」というものは存在しません。
なぜなら100の会社があれば、仮に業種業態は同じだとしても、そこには100通りの背景があり100通りの歴史があります。企業文化も違えば、そこに働く社員のレベルも異なる、絶好調のときもあれば不振にあえいでいるときもあります。つまり会社というのは生き物である以上、会社によっても、またおかれている状況によっても、ふさわしい答えは変わってくるのです。
総論でよくても各論では通用しない、そんな一本調子の答えでは、経営の役には立ちません。
では、経営に「ザ・正解」はないからといって、各社の経営者が思いつくままに好き勝手な指揮を執ればそれでよいかというと、そうではありません。
業種・業態・規模・国籍に関わらず、永続的に繁栄する会社、つまりサスティナビリティ(持続可能性)の高い会社には、必ず基本というものがあります。この基本とは、普遍的な経営の「原理原則」のことです。
経営には「ザ・正解」はないが「原理原則」はある。
我が社を永続的に繁栄する会社にしたいのならば、経営者はその原理原則を理解し、守り続けなければなりません。原理原則から外れた経営をすれば、その会社は早晩破たんします。
これが私の長い経営者体験から掴んだ答えであり、世界中にあるたくさんのエクセレント・カンパニーによって証明されている、ちょっと大げさに言えば「経営の極意」です。
私は、これまでいろいろな本でこの経営の原理原則について「するべきこと」を中心に書いてきました。ところが、各論で具体的に説明しようとすると、原理原則といえどもなかなか説明が難しい。
それでずいぶん四苦八苦しました。
だから本編を「Do=するべきこと」と「Don’t=してはいけないこと」に分けたのですね。
その通り。この本を執筆するにあたって、改めてどうやって普遍の原理原則を各論に落とし込んで説明すればよいかと考えているうちに、思いついたのが「してはいけないこと」からのアプローチでした。それが、この本の特色である「Do=するべきこと」と「Don’t=してはいけないこと」になったのです。
三角測量のように、「するべきこと」と「してはいけないこと」の2点から「原理原則」という目標を捉えることにしたわけです。
このアイデアの元は「陰陽五行説」です。
森羅万象なにごとにも陰と陽があるように、原理原則にも「陰の原理原則」もあれば、「陽の原理原則」もある。これまで陽の当たる側ばかりからアプローチしてきましたが、陰の側からアプローチすることで、いままで各論レベルで見えなかったことが見えてくるのではないかと考えたのです。
とは言うものの、陰陽論では何のことかややわかりにくいので、日常的な言葉に置き換えて「Do=するべきこと」と「Don’t=してはいけないこと」という形にしました。
「Do=するべきこと」と「Don’t=してはいけないこと」の2方向からアプローチをした結果、この本はこれまでの私の本と比べても、わかりやすさのレベルが数段上がったと思っています。
この本の前書きで、先生は『経営には原理原則とバランスが大事だ』と述べておられます。最近、企業の不祥事が多いのは経営者のバランス感覚に問題があるように見えます。この経営の原理原則とバランス感覚の関係についても少しお話しいただけますか?
経営者が絶対にしてはいけないことの筆頭は、会社をつぶすことです。経営者が普遍の原理原則を理解し、正しいバランス感覚を持って舵取りをしていれば、決して会社がつぶれることはありません。
その原理原則とバランスの関係ですが、本来、原理原則とバランスは渾然一体で、バランス感覚もまた原理原則の上に成り立っています。
しかし、そう言ってしまうと話がややこしくなってしまいますから、説明のためには話を分けましょう。そのほうがわかりやすいですから。
まず「原理原則」について、もう少し補足します。
会社の中で、最も原理原則を知らなければいけないのは経営者です。
なぜなら会社が伸びるのもつぶれるのも、すべて経営者次第だからです。
経営者の役割とは経営、すなわちマネージメントです。マネージメントというのは、いわば上位概念で、それに対して業務、すなわちオペレーションというものがあります。
オペレーションとは、具体的には経理や生産、販売といった日常的な業務活動のことです。オペレーションが会社にとって重要であることに疑いはありませんが、どんなにオペレーションを一生懸命にやっても、大きな変化を起こすことはできません。
会社の業績を2倍3倍にするのは「マネージメント」の力です。
そして、倒産に陥るのもまたマネージメントの失敗によるものです。
では、「マネージメント」とは何か。
マネージメント、すなわち経営とは、人を使って成果を上げるワザであるといいます。
人を使って成果を上げるには、社員がてんでばらばらではダメで、集団のパワーを1つの方向に向かって結集させることが必要となります。
そのために最も重要なのは、経営者が方向性を示すことです。
我々はどこに向かうのか、そして今どこにいるのか、これから何をすればよいのか、それを社員全員に説得性と納得性をもって語りかけること、それがマネージメントです。
逆に言えば、経営者とは社員のモーチベーションを高めながら、会社の方向性を示すことができる人ということになります。
方向性を方程式で表すとこうなります。
『方向性=理念+目標+戦略』
正しい理念、正しい目標、正しい戦略があってこそ正しい方向性が生まれるのですから、経営者は正しい理念、正しい目標、正しい戦略を理解したうえで正しい方向性を打ち出し、その方向に社員を導かなければなりません。
こういうことが、マネージメントレベル、経営次元での原理原則です。
会社の浮沈は経営者次第、経営者が自分自身の役割を正しく遂行するには、こうした原理原則にのっとって考え、行動することが大切なのだと理解してほしいと思っています。
この本を経営者や次代の経営者のために書いたのもそのためです。
ひと口に原理原則といっても、それは実際の経営では多岐に渡って複雑に関係しているのですね。経営者がおさえておくべき原理原則の代表的なものは他に何があるでしょうか。
代表的な原理原則は、50項目に分けてバランス感覚とともにこの本に収めてありますが、あえてここでもうひとつ挙げるとすれば、それは「人について」の原理原則ですね。 今年の日本経団連の新年会でのインタビューで、トヨタ自動車の豊田章男社長は、今年重視することは何かという記者の問いに、「人材育成」と答えていました。 経営資源の原点には人がいます。
人を育てることは、経営者がおさえてくべき原理原則の中でも、かなり高いレベルで重要なことなのです。
そういえば新さんは「人財」という字を使ってらっしゃいますね。一般には「人材」と書きますが、材を「財」と表記する狙いをお聞かせください。
この「人財」という表現を最初に使ったのは私です。
人材というのは、スキルは一応ある、すなわち仕事はまあまあできる人のことです。それに対して人財とは、仕事もできるが人間力もある、つまりスキルもマインドも高い人のことをいいます。
ただ仕事ができるというだけでは、ビジネスパーソンとしては十分ではありません。仕事ができて人間力もある人が、会社にとって必要な財産、すなわち「人財」なのです。
人間力については少し説明が必要でしょう。
人間力の中身は、「尊敬」と「信頼」と「意欲」です。尊敬される人、信頼される人、意欲のある人、さらに他人に意欲を持たせることができる人、そういう人を人間力のある人といいます。
勝ち残る会社を創るには、1人でも多くの人財を育てること、それは世界一の自動車会社であるトヨタであっても同様ということです。
では、この人財育成で最も肝心なことは何か。それは、まず何より「経営者自身が人財であれ」ということです。
まさに「隗より始めよ」であって、『経営者自身が元祖「人財」』でなければならない。
これが人を育てる原理原則なのです。
『会社育ては人育て、人育ては自分育て』。
私は、自分育てを「経営者品質を上げる」と言っていますが、経営者品質が会社の業績、社員のレベル、商品・サービスの品質、技術レベルなど、会社のレベルを決める原点にあるということは、また次回にお話ししたいと思います。
以下、中編に続く。