道を極める

大人がハマる高級“モデルカー”の仕掛人

2017.08.15 公式 道を極める 第26回 小林豊孝さん

定年を待たずして突然の「脱サラ宣言」

小林氏:その自動車雑誌で10年編集者を務めたのち、さらに今の仕事に直接繋がるきっかけとなった「趣味に真剣に向き合う出版社」へ転職することになったのも、雑誌づくりの醍醐味を知ってしまい、もっといろいろなジャンルの雑誌に携わってみたいと思った自分の想いからでした。結果的にここが編集者として一番長い職場となり、またサラリーマンとして最後の職場にもなりました。実は、この出版社に入れたのも、縁のあった先輩に「そんなに雑誌づくりが好きなら、もっと幅広いジャンルでやってみないか」というお声がけをいただいたのがきっかけでした。

「自分が作りたいものが作れる」と思って入ったのですが、最初は自分がやってきた自動車の分野とは少し違う雑誌の担当から始まりました。ラジコンにはじまり、趣味系の自転車、スポーツ、ライフスタイル、日本酒と、あらゆる「趣味」を突き詰める雑誌づくりを手がけていました。自分の興味のあることを積極的に雑誌にしていくという編集者としての楽しみを見出し、徐々に自分で企画した雑誌・ムックも出版できる立場になりました。その中の一つが「モデルカー」を扱った雑誌だったんです。

自動車雑誌の編集者時代からモデルカーを集めるのも趣味の一つでしたが、その頃からあるブランドの体系的なカタログ本がないことに不満を持っていて、「その本を読みたい、じゃあ作ろう!」と思ったんです。そこでドイツのニュルンベルクで開かれていた世界規模の玩具見本市に参加し、そのメーカーに掲載許可を取りに向かったのですが、メーカー側から「これは俺たちが作ろうと思っていたから、許可は出せない」と言われてしまうハプニングもありました。

なんとか交渉の末、ロゴマークの使用料を払うことで掲載許可を得たのですが、そのお金を払ってもなお、十分採算が取れるという勝算がありました。なぜなら、作ろうとしていたカタログ本は、コレクターである自分が真に欲しているものだったからです。勤めていた出版社の社長からも心配の声が上がりましたが、「絶対売れる」という自分に対して「一度作り手が真に出したいと思った時点でマーケティングはできている」と言ってくれ、GOサインをいただきました。満を持して非売品のモデルカーも企画して展開したところ大ヒットを記録し、逆に海外でも英訳されて流通されるまでになりました。

—―「好きになる」のも編集者の仕事だと。

小林氏:この出版社で仕事をする前から、すでに編集者として10年近く「好き」を仕事にしていましたが、さまざまな雑誌作りの仕事に取り組ませてもらったおかげで、「好き」だけでなく、さらに「興味を持って仕事をすること」の重要性を学ぶことができたと思います。

ただ結果的に、これが編集者としての仕事から離れることへのジレンマともなっていきました。さまざまな仕事を経験させていただく中で、徐々に雑誌づくりの現場から離れ、どちらかというと数字を見る(それも大事な雑誌づくりの仕事だと思いますが)ことが増えていったんです。

ちょうどその頃が、MINIMAX社が、日本で新たに拠点を立ち上げようとしていた時期と重なっていました。Ripert(リペール)社長と日本代理店の社長から「人生一回しかないんですから、やりたいことをやってみませんか」と直接のオファーを頂いた時は、心がグラグラと揺らぎました。まだ日本での展開をどのようにするかがほぼ決まっていなかったので、逆に「また現場にどっぷり浸かることができる」とワクワクする自分もいましたね。

「定年までなんとなく先も見えてきた。それよりもまだまだ、どうしても挑戦したい」と言えば聞こえはいいですが、実際は収入も激減しますし、将来は見えないしで、まわりからは大反対されました。しかし、高校生の頃に知り合い、人生の節目節目でいつも決断を後押ししてくれた妻は、諦め半分に「いいんじゃない? あなたはそうしたいんでしょう」と、この時も応援してくれたんです。私としては、「これからの二人の老後を見据えたものだ」と力説していたのですが、確かに今振り返ると「自分が飛び込みたい気持ち」が、全面に出ていたのかもしれません。それをわかって認めてくれた妻には、感謝してもしきれません。こうしてブラインドの会社から数えて3社、30年近く働いて、ようやく今の仕事に辿り着いたんです。

知ろうとすることで拓ける道がある
喜びを伝える編集者として

――「知ろうとする」ことで、世界を広げてきました。

小林氏:「知らないことは罪じゃない、だけど知ろうとしないことは罪だ」と、少なくとも編集者という職業においては、常にそうあるべきだと思って仕事に取り組んできたつもりです。また、今の仕事は決まった枠がなく、ひとりでさまざまなことに対応する必要があるので、おのずと今までの経験がすべて活きてくるものでもあります。これまでの経験どれひとつ取っても、ムダは無かったと思っています。

――今、小林さんが「知ろう」としていることは。

小林氏:ライセンス契約の打ち合わせから、事務所のトイレ掃除まで(笑)、やりたいことも、やらなければならないこともたくさんあって忙しい毎日ですが、モデルカーについて「知りたいこと」は、まだまだたくさんあります。なかでも「ニーズと認知度アップ」ですね。現在では東京オートサロンなどにも出展していますが、「クルマ好き」と「モデルカー好き」の接点を広げたり、積極的に可能性を模索してアプローチしたりと、目論みはたくさんあります。まだはじまったばかり。今は、ゼロからのスタートに、雑誌編集者時代のライブ感を感じてワクワクしているところです。

可能性があってチャレンジできる世界にいれることを、これからも存分に楽しみたいと思っています。ここに来てくれるお客さまは、私がはじめに車の雑誌で働いていたときの編集部の仲間のように、キラキラした目をしています。皆さん、車が大好きで仕方がないんです。

舞台は雑誌からショールームに変わりましたが、すべての喜びをつくり伝える「編集者」として、これからもお祭りのようにたくさんの人々を巻き込んで「楽しさ」を伝えていきたいと思っています。

 

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アルファポリスビジネス編集部

アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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