――「仕事なし、収入なし」の中で、次に目指したのは。
中村氏:自分たちの製品を開発できるようになったのは、それからしばらく経ってからでした。前職時代、介護の現場で知った「床ずれ」の問題意識はずっと持ち続けていて、アイディア自体は起業前からあったんです。でも、それをどう形にしていけばいいのかがわからなかった。そして、その原因を模索する中で偶然にも結びついたのが、父の仕事でもあった「繊維」でした。
当時話題を集めていたのがナノ素材(原子や分子のレベルで、自在に制御する技術)。それを「繊維に応用できないか」と、ひらめいたアイディアを抱えて、素材会社に共同開発を持ちかけたのですが、どこも返ってくる答えは「前例がない(からダメ)」と。数えただけでも30社は門前払いでしたね。
それでもめげずに動いていると、あるナノ素材の開発会社が「若くて面白いのが来た」と興味を示してくれ、それでようやく素材の共同研究まで漕ぎ着けました。翌年には、ナノ化したプラチナなどの鉱物を一定の割合で配合すると、特定波長の遠赤外線が出て、それが血行の促進や免疫細胞の活性化、自律神経の調整機能による疲労回復の効果が得られることを発見したんです。
――とにかく動き続けることで、「前進」しています。
中村氏:その社長のご尽力でナノ素材の開発に成功し、「前進」はしたのですが、今度はその開発した新素材(鉱物)を、糸に練り込んでくれる繊維工場を探すのに苦労するなど、「一歩進めた」と思えば「二歩下がる」ような状態でした。繊維メーカーに開発した新素材を持参して説明するも「そんな固いものを混ぜて機械が壊れたらどうする」と、各社「できない」の一点張り。その中で、救いの手を差しのべてくれたのが、今もお付き合いのある頑固職人気質の工場を経営する社長でした。
泣きつくような状態で頭を下げると「どこも断られたか。なら俺がやるしかないな」と。強面でしたが天使の声のように聞こえましたよ(笑)。その社長にとっても新たな挑戦で、機械を改良して試行錯誤した結果、ようやく、新素材を糸に練り込むことに成功しました。今からちょうど10年前、2007年のことでした。
中村氏:新素材「PHT繊維」を使った、医療系ベッドパットは、こうして無事商品化されました。第一号のマットが物置小屋のような窓もない8畳ほどのベネクスのオフィスに届いた時、社員一同(といっても3人ですが)武者震いしたのを覚えています。
会社の命運と、長年の介護への想いが詰まった介護用ベッドマットだったのですが、これがまさかの大コケ。後に分かったことですが、高齢者の生活を支えるのはあくまで家族や子どもたちなので、彼らにとって10万円という価格帯は大きな負担だったんです。それが、この商品が受け入れられなかった大きな理由でした。
――予想外の「まさか」が続きます。
中村氏:次の「まさか」は、意外なところからの嬉しい反応でした。途方に暮れていた中、売れなかった介護用ベッドパットで使用するはずだった繊維を、発想を変えて、同じく疲れている介護士向けに「ケアウェア」としてTシャツに転用したんです。それを、ある展示会に出品したところ、流れが大きく変わりました。
世界に展開する大手スポーツジムのバイヤーさんが、私たちの「ケアウェア」を、運動後の疲労回復という側面から着目してくれました。早速ジム内でテスト販売を開始したところ、商品を購入したトレーナーが大絶賛。彼らから一気に火がつき、ケアウェアの評判は瞬く間に広がりました。その口コミが一気に拡大し、まったく売れなかった介護用ベッドマットが、ひと月に数百万円を売り上げる「別の商品」に変貌した瞬間でした。
こうした状況に商機を感じ、ベネクスの業務も介護分野からスポーツ分野へと大きく舵を切りました。かながわ産業振興センターの新規成長産業事業家促進事業に採択され、神奈川県や東海大学さんとの産学公連携事業として本格的にアスリート向けのウェア開発に着手し生まれたのが、現在の「リカバリーウェア」です。
この技術は、世界34カ国で特許を取得し、ドイツで開かれた世界最大のスポーツ用品の見本市「ISPO」では、最高賞「ゴールドウィナー」を受賞しました。その後、徐々に認知度も高まり、日本パラリンピック委員会のオフィシャルサポーター、ドイツ水泳協会のオフィシャルパートナーを務めさせていただくことになり、ようやく今に繋がるベネクスになっていったんです。
――たくさんの人たちが、この商品に関わっています。
中村氏:実は商品が開発されて売れるまでの間ずっと、会社の借金は膨れ上がるばかりでした。ところが、私を含めなぜか皆、この新素材がもたらす未来を信じて疑わず、心配はしていませんでした。それでもさすがに1億円の大台を超えたときは、内心驚きましたが(笑)。でも、だからこそ協力してくださった方々に、必ず恩返ししなければと思えたんです。また、そんな「まさかの連続」の中で、「アイディアだけでは形にならないんだ」ということを痛感しましたね。ほんと、連戦連敗でしたから(笑)。
「床ずれを解消したい」という想いだけで、前例のない無茶な要望に付き合ってくださった大学の研究者や協力してくださった企業の方々、またそれを世の中に引っ張り上げてくれた行政やバイヤーさん、この製品が世に出るまでには、多くの方々が関わっています。
新しいことに挑戦する、自分の想いを実現しようとする時、周りの協力は欠かせません。ひとりで考えているだけでは「想い込み」のままです。だからこそ、多くの方々からの協力を得るには、実際に動く、つまり「行動あるのみ」だと思っています。また、それと同時に現状自分が持っている素材と能力を正確に認識し、それをどう活かすかも、想いを実現するうえで大切なことではないかと思っています。
――行動することで、周りや社会を変えていく。
中村氏:行動し続ける自分に何か役割があるとすれば、「社会に穴を掘ること」だと思っています。すべてが均一化されて便利になっていく世の中に、新たな穴を掘ることで、それまでにない価値や習慣を提案する。自分が穴を掘ったことで、共感してくれた方々がさらにその穴を広げてくれる。そして、それがいつしか習慣や文化になっていく。起業家の醍醐味はそこにあるのではないでしょうか。
そうした社会の「穴掘り」はまだ始まったばかりです。今、ベネクスでは新たに中国で合弁会社を立ち上げ、さらなる世界展開を目指しているところです。そしてその先は、アジアからヨーロッパ、アフリカと続くかもしれませんし、もしかしたら地球じゃないかもしれません(笑)。そうやって、自分の生きた証を残す「穴掘り」を、これからも続けていけたらと思います。